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Vol.87 信頼を得るには、「尊厳」を重んじること
 人は、何歳になっても成長したいものだと思います。
 しかし、その一方で「人間」は、 年を重ねると、心身ともに「退化」して
 いくものです。
 私たちは、いざ“その場面”に立ち合ったとき、 どういうスタンスを取れ
 ばいいのでしょうか――。

 これは、ある介護現場でのお話です。

 著名な元政治家が、某ホームに入居してきました。
 かつてはマスコミにも多く取り上げられ、“日本を動かす一人”とも言われ
 た人です。
 「ホームに入る」という選択肢しかなかったということは、決して恵まれて
 いるとは言えない晩年を過ごしたのでしょう。
 少しだけ性格が捻じ曲がってしまったようです。

 「郷に入っては、郷に従え」
 そういう環境に入った以上、過去にどんな「偉い人」であろうとも、本来は
 他の入居者と同じ生活をしなくてはいけません。
 しかし、長年「特別待遇」されるのに慣れているためか、ヘルパーさんや他
 の入居者に対して、高圧的な態度をしばしば取ります。
 職員の方々は、努めて平等に接するように心掛けましたが、いつしか“VI
 P待遇”とも言える接し方をしていくようになりました。

 実はそのホーム、ヘルパーさんの評判が、ことのほかいいんです。
 わがままな人も少なくなく、体調が悪いせいか当たりもキツイ。
 かなりの割合で入浴やトイレに補助が必要だから、体力も求められます。
 知識・技術・経験はもちろん、献身的な心と頑強な意思を持つ人でなければ
 勤まらないのが“介護の現場”です。

 しかし、その“彼”、誰にも心を許そうとしないんです。
 健康体とはいえ、80歳を超える高齢ですから、大抵のことは、ヘルパーさ
 んの手を借りなければできません。
 それなのに、いつも不機嫌な顔をして命令口調で接します。

 ある時、“彼”は「粗相」をしてしまったというのに、
 お世話に駆けつけたヘルパーを怒鳴りつけて追い返してしまいました。
 そのことがきっかけとな-って、ヘルパーたちの不満が爆発しました。
 「“彼”のお世話をしたくない」
 「“彼”は私たちを必要としていない」
 「“彼”には関わらない方がいい」

 誰もがそう思っていたのに、一人の若いヘルパーだけは違いました。
 彼女は、専門学校を出たばかりの若干22歳の子です。
 高校中退、社会経験も乏しく、礼儀作法がなってない…。
 介護の仕事に就きたくて勉強をしてきたといいますが、周囲の人は全員、彼
 女の決心を疑問視していました。

 しかし彼女が担当になったとたん、“彼”は見るからに変わりました。
 いつしか、すっかり周囲に馴染み、「ホーム」で天寿を全うしたそうです。

 皆さんは、なぜ、彼女が“彼”を変えられたかわかりますか?
 彼女が若い女性だったからでしょうか。それだけではないはずです。
 他にも同世代の人はいますし、怒鳴られたのは25歳のヘルパーです。

 私が思うに、彼女だけが“彼”の「尊厳」を重んじたからだと思います。
 粗相をした時、迷惑をかけたことを一番分かっているのは本人です。
 それなのに「大丈夫ですよ」「何てことありませんよ」などと言われるのは、
 おそらくプライドの高い人ほど“屈辱”なんだと思います。
 だって、たとえ無意識にせよ「上からの目線」で接していますよね。
 逆に「何をやってんのぉ!」と笑って言ってもらった方が、私なら楽です。
 気を遣い過ぎたことが、結果的に、彼の尊厳を傷付けたんじゃないでしょうか。

 「人」を相手にする仕事の場合、「これが正解」という答えはありません。
 ですから、他のヘルパーの対応が“間違っていた”わけではないと思います。
 ただ、目線をどこに置くのか、一人ひとりの身体と精神に合わせた接し方が、
 今後の介護市場では求められてくるのではないでしょうか。

 高齢者、とりわけプライドの高い人と接するには、「見下す」ことはもちろ
 ん「同情」することもタブーなんでしょうね。

 どんな人でも、どんな状況にあっても、常に相手の「尊厳」を重んじる。
 そこからしか、真の「信頼関係」は築けないと私は思います。

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