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Vol.76 新聞に載っていた「彼」


 彼はどうしているかな、生きているんだろうか。寝入りばなに、ある男の子
 の顔を思い浮かべた夜があった。
 男性の摂食障害をテーマにルポを書きたいと考えていた時期があり、彼はそ
 の取材への協力者だった。最後に会ったのは23歳か24歳か。何年かの間、彼
 に会って話を聞いていた。
 けれどもある出来事をきっかけに、彼は「もう取材は受けたくない」と言っ
 た。電話をかけても、伝言を残しても返事はなし、芸能人や政治家相手の取
 材ではないので、嫌がる人を追っても話は聞けない。それっきりになった。
 彼のことを思いながら眠りについた翌朝のことだった。
 何気なく朝刊をめくっていたら、彼の名前が載っていたのだった。テレビ番
 組に対する読者の意見を載せる投稿欄に。
 「アナウンサーが政治家の名前を間違えて読んでいた。ちゃんと勉強してほ
 しい」
 こんな趣旨の文章と、彼のフルネームがあった。在住都市名、「30歳」とい
 う年齢、それに続く職業は「派遣」。
 考えた翌朝に、新聞で彼の名を知るなんて。
 偶然にしては怖かった。
 でも、まあそんなことはいい。なによりも、生存を確認できたのだから。

 私と会っていたころの彼は、ガリガリに痩せた身体で、配達のアルバイト
 に勤しんでいた。その体力で、よくがんばるねと心底、感心させられた。
 趣味は文章を書くこと、なかでも投稿は何度も雑誌や新聞に掲載されてい
 る、と彼は言っていた。病気になっていなかったら、僕はもっと知的な職
 業に就いていたと思う。せめて投稿をして、自分の意見を活字にして、人
 に読んでもらいたい、こんな風に、話していた。
 ふうん、と私は聞き流していたのだが、彼の投稿が、私がめったに書かな
 い雑誌に執筆した掲載号に載っていた時には、腰を抜かした。彼の投稿は、
 彼の願いを載せて、雑誌の最後のページを飾っていた。読んだよ、と電話
 をすると、彼はとても喜んだ。振り返ると、彼が私と会うのを拒むように
 なったのは、お母さんと私が話すようになったことから始まった。
 お母さんに話を聞かせて欲しいと頼むと、快く、受け入れてくれた。女手
 一つで2人の息子を育て、そのうちの一人が、重い摂食障害を患ってしまっ
 たことを、お母さんは、自分の責任として受け止め、苦しんでいた。
 息子は大量に食べたものを、トイレに吐く。
 トイレがつまって水が流れなくなり、汚物と一緒にあふれ出てくるのを、
 私が毎日、掃除する。家の中は、息子の暴力で、壁もふすまもボロボロに
 壊れている。パートで家計を賄う身だから、修理するゆとりもなくて−−。

 そんな話を、お母さんから聞いた。耳を疑った。
 彼がいう、自分の家の光景とは、まるで話が逆だった。「僕は潔癖性だから、
 家は完璧に片づいています。遊びに来てください」と彼は何度も、話して
 くれていた。
 「本当に、お宅に伺いたいんだけど、いい?」。私がこう切り出してから、
 彼との関係はおかしくなった。
 「いいですよ」と彼は答えながらも、具体的な日にちを決めようとすると、
 話が流れていった。「もう会いたくない。摂食障害は治りました」と彼が
 言ったのは、それからまもなくしてからだった。
 朝刊で見た住所からすると、おそらく、引っ越しはしていない。手紙でも
 書いて、「久しぶり、読んだよ」と連絡してみよう。
 今どうしているの、と。

 こんな考えを巡らせたのだが、やはり止めた。会いたくないといった彼の
 気持ちは、根底では、変わっていないような気がしたから。
 20代だった彼は30歳になり、「アルバイト」だった彼の職業は「派遣」に
 なった。そして趣味の投稿は今も続けている。
 それが分かれば、十分だ。元気でね、と祈りながら、彼の投稿記事を、ス
 クラップファイルにしまっておいた。

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