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Vol.73 プロの仕事はネットの外にある



ネットのすごさを、あらためて思い知る出来事があった。

肌が弱く、いつも、金属アレルギーやら口唇ヘルペスやらに悩まされている私
なのだが、とっておきの常備薬に救われている。
紫雲膏(シウンコウ)という軟膏だ。映画「華岡青洲の妻」でも知られる医学
者、華岡青洲が創案した、江戸時代から伝わる薬である。
私の場合、たいがいの湿疹は、これ一つ、こまめに塗れば収束する。完治には
時間がかかるが、毎日塗り直すことで、医者にいくほどのひどさには至らない。
火傷にも効果バツグンだ。切り傷だって、これを塗れば跡が残らず治る。私は
ケロイド体質で、乳児の時の火傷がいまもケロイドとして身体の一部を巣くっ
ている。この薬を知る以前のケガは、跡がしっかり残っているのだが、いまは
もう安心している。すぐ塗れば、早く、キレイに治るとの実感があるからだ。
この薬、薬局なら確実にあるし、ドラッグストアでも場所によっては置いてい
る。だから痔もちの人、自傷癖のある人には勧めたり、一つあげたりしている。
とりわけ痔もちには、「ひっこんだよ!」と絶大な支持を得ているので、読者
のみなさにんやご家族にも、心当たりの方にはぜひ勧めたい。
と、紫雲膏のすすめ、が本題じゃなかった。

ネットのすごさを痛感したのは、紫雲膏の主成分、シコンについて、何の気な
しに検索してみたのがきっかけだった。
行き当たったのが、「紫雲膏の作り方」を記したサイトである。
紫雲膏って、薬でしょ。作れるの???
「簡単に作れます」と、いくつものサイトに書いてある。大学薬学部の実験で
使った「レシピ」まで公開されていた。紫根(シコン)とごま油と、等々、材
料を加熱して、練ればよいとのこと。紫根だってネット通販で買えるそうで。
「買うと500グラム7千円−1万円する高い薬だが、自分で作れば千円です」だって。

さてここからが真の本題だ。
紫雲膏問題から類推するに、ネット上を探し回れば、様々なものの「作り方」
が見つかるに違いない。かつては素人にはアクセス不能だったモノだって、
ネット通販で素材を手に入れ、自作が可能になったのだ。
もっとも、多くの人が、紫雲膏を手作りするには、時間と手間がかかるし、薬
なのだから衛生面での問題もあるし、と躊躇して、実際には自作の道は選ばな
いだろう。
でも、やろうと思えばだれでも作れる。この事実を知った者にとれば、「紫雲
膏」の貴重さは少々減る。
仮に、紫雲膏の製造だけを専業とするメーカーがあったとすれば、「紫雲膏手
作りブーム」なんぞが沸き起こった日には、生存の危機に陥ろう。
では、プロにしかできない「紫雲膏作り」が存在するのか。
いいかえれば、真のプロの仕事とは、ネットに載せることのできない領域に求
め得るものでなければならない時代になったのだ。
そうでなければ、いつ何時、ネットに秘蔵のレシピが公開され、素人の手に浸
食されてしまうか分からない。

ではネットに載せられない領域とは何かといえば、最たるものは、個人個人が
身体で覚えた経験知だ。
福祉の仕事であれば、介護のノウハウやケアマネージャーの仕事のイロハなら、
ネットに文章化して載せられる。が、1人1人異なる事情を抱えた被介護者を前
に、どうすればその人と家族にとってベストな介護の方法を提供するかについ
て、話し合い、答えを出すという作業は、ネットに載せることのできない「あ
なた」の経験という領域に、根ざしている。
ネットは、素人が足を踏み入れる領域を広げてくれた。かたや、プロの仕事が
成り立つ領域を、横ずれさせようとしている。紫雲膏問題から、そんなことを
考えた。
(注意・紫雲膏は、私には効きますが、体質によって効能は異なるでしょう。
万人に効く痔の特効薬なら、世の肛門科ははやらないわけで、その点はご留意
の上、お試しを)

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