福祉の仕事 | 294job.com





  
Vol.65 若者は上の世代に引っ張りあげてもらうしかない



 前回に続き、ブックオフ社長の橋本真由美さんの半生を聞いての話です。

 読者のみなさんの年齢を20歳前後だとしたら、その倍である41歳の時に、専
 業主婦だった橋本さんはブックオフ1号店のパートタイマーになりました。
 ブックオフ1号店は大繁盛。半年後、2号店を開くにあたって店長に指名され
 たのが、橋本さんでした。
 大ハリキリで自分の店作りを進めた橋本さんだったのですが、2号店の売り上
 げは毎月、毎月、萎む一方でした。
 原因の一つには、橋本さんの元、2号店で働いていた20歳前後の若い男の子た
 ちの労働態度の問題がありました。
 橋本さんは、根が「超」のつくガンバリ屋なので、店に入ると掃除や棚づく
 りやと、めまぐるしく動き回ります。
 若い男の子たちとのコミュニケーションのために、朝、娘さんやダンナさん
 のお弁当を作るついでに、彼らのお弁当まで作ってあげて、店に持ってきま
 す。
 おやつの時間のために、お菓子も買ってきてあげます。
 でも、若い男の子たちは違います。彼らは、橋本さんが店にいる時は、それ
 なりに働きます。
 しかし橋本さんがいなくなると、態度を一変させていたのでした。
 「今日は橋本さんがいないから、ラッキー」とばかりに、煙草をプカー。
 お客さんから「売りたい本が大量にあるので、家まで取りに来て欲しい」と
 連絡があっても「今日はもう無理。来週っすかね」と平然と答える。
 橋本さんも、必死に動き回るあまり、彼らの裏の姿にまで気がつかなかった
 のでした。
 売上は下がっていくばかり。開店1年を目前にした年末、ついに橋本さんは、
 社長から「もう限界だ」と閉店を告げられました。
 ポロポロと涙を流し、橋本さんは悔やみました。涙は1日ではおさまらず、
 3日たっても4日たっても、ある瞬間に堰を切って流れ出すのでした。
 店の外で橋本さんが泣いている姿を、あるアルバイト青年が見つけます。
 「何泣いているの?」
 「実は閉店になるのよ」
 黙っておこうと思っていたのに、つい、彼には告げてしまいました。すると
 彼は、語気を強くして言ったのです。
 「それはイヤだ!僕らが何とかする」
 適当にやっておこうぜ、という態度だった店の若者たちは、閉店の危機を目
 の当たりにして、ようやく、この店の存在の大切さ、橋本店長のありがたさ
 を悟った。
 それからは若い店員は一致団結、必死の形相で、顧客サービスや品揃えに、
 全力を尽くしました。
 すると年末までは1日3万円の売上だったのが、正月以降は1日20万円に急上昇。
 「自分たちが頑張れば、店は変わるんだ。お客さんは本を買ってくれるん
 だ」
 仕事って楽しい。成果がでればうれしい。
 「この喜びを知ってから、若いスタッフは変わった。店は生き返ったんで
 す」と橋本さんは話していました。

 要は、この店の仕事は面白い、この仲間と一緒に働きたい、という「動機」
 が、当初のスタッフには感じ取れていなかった。
 動機があったのは、店長に任命されて張り切っていた橋本さんだけだったの
 です。
 働くことへの動機を得た若者達は、店を生まれ変わらせたのみでなく、彼ら
 自身も、生まれ変わりました。

 ブックオフという会社はその後、店をどんどん出し、フランチャイズ展開も
 して、ついに2005年には東証1部上場企業となりました。
 2号店で橋本さんを助けたスタッフの中には、その後も橋本さんと行動を共に
 した人が何人かいました。
 株式上場の話が証券会社から来ると、「みんな、会社の持株会に入りなさ
 い」と若者たちに橋本さんは勧めました。
 「株?なんすか、それは」「車のローンきついんすけど、返ってくるんです
 か?」
 「悪いことは言わない。とにかく、入りなさい!」
 橋本さん自身も、株式を上場させて何がよいのか、意味はよく分かっていな
 かったそうなのです。
 が、橋本さんを店長に任命し、育ててくれた社長さんが言うことなのだから
 間違いないはずと社長を信じ、若者たちにも株を勧めました。
 若者の中には、橋本さんを信じて持株会に入った人もいれば、入らなかった
 人もいました。
 結果として東証一部上場企業にまで会社は成長したのです。持株会に入って
 いた人は、どれほど経済的な利益を享受したことでしょう。
 2号店のスタッフさんの中には、バイトから社員になり、ついには子会社の
 社長にまでなった人も現れたのでした。橋本さんを信じて、ついていった人
 たちでした。

 この話を、橋本さんの視点ではなくて、若者スタッフの視点から考えたらど
 うでしょうか。
 橋本さんは、2号店の店長に就任時は、パートタイマーのままでした。
 20歳前後の若者が、40を超えたパートのおばさんを、尊敬できるでしょうか。
 立場は店長とはいえ、お弁当を作ってきたり、自らトイレ掃除をしたり、主
 婦のにおいの漂う40過ぎのおばさんです。
 うちのお袋と変わらないじゃないか。なんでこんな人が店長なんだよ。
 内心、彼らは最初、こう思っていたのだろうと私は想像します。
 でも店での働きぶりは、なんだか鬼気迫るものがある。実はすごい人なんじ
 ゃないか。この人の言うことは、聞くべきなんじゃないか。
 中には、このように気づいた人がいたはずです。女だとか主婦だとか、そう
 いった属性を超えて、人間・橋本真由美のすごさを感じ取った人も、いたは
 ずなのです。
 橋本さんは、自分と一緒に頑張ってくれる若い人を、大切にしました。自分
 が会社の中で実力を付け、出世していくにつれて、そういった昔からのスタ
 ッフを、可能な範囲で引き上げました。
 橋本さんが、創業社長さんに引っ張られて、2代目社長の座についたように。

 何が言いたいかというと、橋本さんの半世紀に私がちょっぴり込めた意図は、
 「がんばればパートだってバイトだって、社長になれる」といった、努力は
 必ず報われる、実力主義礼賛論にはないのです。
 若い人が読んでくれるなら、こう読んで欲しい。
 橋本さんのような上司に巡り会ったら、幸運と思え。全力で働け。
 そして引き上げてもらえ。

 こんな人は、滅多にいません。でも橋本さんを見いだした、創業社長の坂本
 孝さん(現会長)はこう言っています。
 「僕は、ラッキーだった。1号店の10人のスタッフの中に橋本さんがいたんだ
 から。でも僕の経験からいって、パートやバイトさんを100人雇えば、橋本さ
 んクラスの人は1人はいる」
 パートのおばさんの中にも、橋本さん級の人材はいるのだと言う話です。
 すばらしい上司との出会いは、どこにあるか、分からないものだという話な
 のです。
 きっと福祉の世界も、同じだと思います。

コラム目次へ