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Vol.63 「つながり」は心身の健康にも、仕事の効率にもよいらしい



友達の家に週末お呼ばれしたり、いとこや叔母さんとトランプをして遊んだ
り、ボーイスカウトに参加したり、町内会の草刈りに日曜の朝、顔を出した
り。
そういうユルいつながりは、あまりにも身近だし一回休んだくらいで「また
あるや」と思えるので特別に重要視せず、ついついパスしてしまったりしが
ちなものだ。
けれどもこれらのつながりにたくさん関わっている人ほど、うつ病になりに
くかったり、犯罪に手を染めにくかったり、学校でテストの成績がよかった
りする傾向があるとしたら?
若者世代であろうメルマガ読者のみなさんは、なるほど、と思うだろうか。
私は強く、なるほどと思った口だ。

もっともこれは、アメリカの話。「孤独なボウリング米国コミュニティの崩
壊と再生」(ロバート・パットナム著、柴内康文訳、柏書房)という分厚い
学術書で、社会学者が様々なデータを元に分析した、人間関係のもたらす力
についての分析結果だ。
近所づきあいとか、教会仲間とか(アメリカなので)、ボランティア仲間と
か、お稽古事での仲間とか、こういったいろんな人が集まってくるつながり
のことを、「社会関係資本」(ソーシャルキャピタル)と呼ぶ。学校や会社
の人間関係ももちろん含まれるだろうが、そういった強制的に生じる関わり
よりも、よりその枠を外れた中で生じる人々との関わり、という意味あいが
強い。
で、「緊密なつながりのある地域に住む青少年は、人々のつながりのない地
域に住む青少年よりうつ病になりにくい」とか、「社会関係資本の豊富な州
ほど学校がうまく機能している」といった様々な実証データから得られる結
論は、「つながり」は人の心身の健やかさに影響するらしい、ということだ。

日本では米国ほどデータが揃っておらず簡単に「日本でもそうだ」と結論づ
けられないのだが、家で一人、取材のアポ取りをしたり原稿書きで部屋にこ
もっていたりする日々をすごす人間としては、その結論はとても、よく分か
る。
孤独は行きすぎると気分が沈むし、風邪も引きやすくなる。実感としてそう
思う。
なんとなく傍に知り合いがいて、「今日あったかいね」とか「これコンビニ
で買った新しいスナックだよ」とか、言葉を交わすことが、精神衛生上どれ
ほどよいか。個人事業主になる前、サラリーマン時代には分からなかったこ
とだ。
それは私の能力が足りないせい、あるいは、ココロが弱いせいかと思ったり
もした。
が、そうばかりではないらしい。
かの芥川賞作家、綿矢りささんが、石原慎太郎・村上龍両氏との対談でこう
言っているではないか。

<綿矢 小説とは一人でコツコツと書いていくのが正しいと思ってそうして
いたんですけれども、そのうちあんまり一人になりすぎると心がふさがって
いくことに気づきました(笑)しまいには、出版社に行って、編集者のデス
クを一つ借りて、二ヶ月かよって小説を完成させました。
石原 へえ、その方が落ち着くんですか?
綿矢 ええ。適度にがやがやしていて電話とか鳴ったりして、気が向いたら
人と話せる環境の方がはかどりました。>

分かる分かる。
さらにこんな風に続けている。

<綿矢 噂に聞くと、私と同年代の作家はみんな寂しがっているらしいんで
す。−中略−外に出ないと書きたいことって絶対見つからないな、というの
はここ三年くらいずーっと家にこもっていてようやく分かったんです。家族
とか友達とか、人と人との縁を疎かにしないようにしようと思っているとこ
ろなんです。>

まさに分かる分かる。物書きに限らず、創作は孤独な作業。天才といわれる
綿矢さんだって、「一人になりすぎると心がふさがっていく」のだし、「気
が向いたら人と話せる環境の方がはかどる」という。ユルやかに人がいる場
所に身を置くことが、気持ちを安らげ、仕事の効率も高めてくれると言って
いる。
冒頭に戻ると、かのアメリカの国としての強さを支えたのが、社会関係資本
だったのだが、近年はいろんな側面で(ボーイスカウト参加率とか友達を家
に呼ぶ回数とか)それが減ってきている。
一人でボウリングをするような孤独なアメリカ人が増えると、アメリカ社会
全体の弱体化につながるだろうから、社会関係資本、つまりつながりを何と
か取り戻すべきだ、と著者も言っている。
失われたつながりは、黙っていても回復できるものではない。
たとえば都会に下宿する孤独な学生に何ができるかと考えれば、サークルに
入るとか、近所で誰かが教えているお稽古事でいいのだろう。行きつけの飲
み屋とか喫茶店を作るといったことでもいいんだろう。
あの綿矢さんだって、自分から、出版社に顔を出すことにしたのだから。



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