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Vol.61 親に言えないことを話せる人はいますか?

 宿坊ブームだという。
 お寺に泊まって精進料理を頂く。ちょっとした「変わり種旅行」人気の亜
 流かな、と思っていた。
 あるいは悩みを抱えた人が頼る「占い」の延長か、と。

 その程度の認識であった私も、つい先日、関西地方のあるお寺に泊めても
 らう機会があった。
 お寺での一泊、小馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。お寺での一夜は、す
 ばらしかったのだ。宿坊体験について、今日は書きたい。

 そのお寺は関西地方の、貧しい山村にある。
 山また山、その切り立った山々の斜面のところどころを皮むきしたように、
 田畑が開け、農家がぽつりぽつりとたたずむ。
 豪華な新築の家なんか、どこにもない。
 築五十〜六十年か、あるいはもっと古いだろうか。いわゆる「古民家」と
 いったどっしりとした作りなどではない。壁が木の板で、外気が直接、体
 を冷やしそうな家ばかり。
 その日、泊めてもらったお寺は十年前、都会から越してきた六十代のご夫
 婦が、私財を投じて建てた、新しいお寺なのだった。
 都会で薬局を営んでいたご夫婦は、思うところあって十年前に二人で出家
 した。
 「薬局に来るお客さんを見ているとねえ」とご主人。「自分で自分の体を
 壊していく人ばかり。ストレスを抱えて、糖尿病をやって、痛風をやって、
 情緒不安定になって精神安定剤をくれとやってきて」
 都市の暮らしに疑問をもった。また幼少時から長年考え続けてきた「なぜ
 人生は苦しいのか」という疑問を追究するために、夫婦揃って出家した。

 比叡山延暦寺で修行をし、そろそろいいだろうと思ったころに、これまで
 住んでいたお店や家を売って、縁あってこの土地にお寺を建てることになっ
 た。
 土地はある。山村だから、木材は豊富だ。地元の人の力を借りて、とても
 立派なお寺が建った。
 すると、都会から様々な人がそのお寺を訪ねてくるようになった。
 悩みを抱えた若い人。有名な華道の師範。瞑想の訓練をする場所を求めて
 いたグループ。
 お寺は宿坊として使えるよう、広々と作られている。訪ねてくる人に、二
 人の住職は、自分たちが作った無農薬野菜を使った手料理をふるまい、風
 呂を炊き、布団を用意する。
 そしてコタツを囲んで、話をする。
 婚約者との関係、家族の問題、等々、だれもが悩みをうち明け、お二人の
 助言を聞く。

 ご多分にもれず、私ももてなしを受けた。
 私は、自分の悩みをうち明け涙した訳ではない。悩みなんて自分のことを
 知らない他人に話してどうなるものじゃなし、と思うからだ。
 それでも一晩明けてお布施をし、お寺を去って思った。あれ、なんか気持
 ちが軽いぞ、と。
 理由は分かる。
 手料理をふるまわれて、お風呂を炊いてもらってという所までなら、旅館
 で体験できる。
 コタツを囲って、眠くなるまで話す。家族でもなく親戚でもなく、友人で
 もなく、何の利害関係もない人と。
 それも俗世を知る身でありながら、修行の道を選んだ和尚さんと。
 他人から受けるもてなしの形としては、とても特異だ。たっぷり甘えさせ
 てもらったなあ、と実感するのだ。

 お二人は、別れ際にこう言った。
 「生きていれば、親に言えない事もあるでしょう。話したくなったら、
 また来なさい」
 そう、あるんです。でもそれを話せる場所って、なかなか無い。
 宿坊が人気になる理由は、そんなところにあるのだろう。
 話せる場所が無い。甘えられる場所が無い−−。
 現代人の悲鳴だな、こりゃ。

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