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Vol.59 機械に置き換えられない仕事

 福祉の仕事メルマガ読者のみなさん、あけましておめでとうございます。
 よいお正月を過ごせましたか。
 私は久々に、幼なじみの友人に会いました。すると聞かされたのが「介護」
 の話でした。
 「入院中のお義母さんが最近、私よりケイコさんを頼っててね」
 ケイコさんとは、彼女にとっては義理の妹。旦那さんの弟の妻にあたる人な
 のですが、お義母さんはケイコさんとは二十年来、不仲でした。
 ところが最近、2人は急接近。なぜかというと、お義母さんは入院期間が長く
 なって転院を強いられた時、ケイコさんが勤める老人ホームを運営する病院
 に、ケイコさんの口添えで移らせてもらったのです。
 「ケイコさんが勤める老人ホームと病院が同じ敷地内にあるから、週2、3回
 は顔を見に行ってあげているみたい。昔はあんなにケイコさんのこと大嫌い
 だったのに、今では私よりケイコさん、ケイコさんだわ」
 私の友人はお義母さんと同居し、経済的にはかなり援助していました。でも
 要介護状態になったお義母さんが具体的に頼れるのは彼女よりケイコさんだ
 と分かってからは、すっかりお義母さんは宗旨を替え、ケイコさんとの過去
 の確執なぞどこへやら、なのだとか。
 「ま、頼られるより楽でいいんだけどね」
 彼女の話を聞きながら思ったのは、機械に置き換えられない仕事をする人は
 強い、ということでした。
 つまり読者のみなさんが志す、福祉の仕事はまさにそれ。介護ロボットの研
 究開発が進んでいたり、海外労働者に市場が開放されたりと、近い将来福祉
 の仕事は激変するでしょうが、それでもロボットやソフトには絶対に置き換
 えられないのが、人のケアの本質でしょう。
 おむつ交換は、もしかしたら機械にお願いする時代が来るかもしれない。
 けれども、孤独をもてあます人の顔を、時々、見に行く。世間話をする。一
 緒にお茶を飲む。こういった、コミュニケーションの部分で気持ちを癒す行
 為は、機械に代替してもらうことのできないものです。
 体が不自由になったお義母さんにとっては、普段、お小遣いをあげたり服を
 買ってあげたりしていた私の友人よりも、顔を見に来てくれる「かつての憎
 い嫁」の方が、可愛く思えるようになった。
 なるほどなあ、と思ったのです。

 ITの発展は、基本的に人の仕事を奪います。高度に知的な労働であった翻
 訳だって、今や無料で使えるネット上の翻訳ソフトの出現で、かなりの部分
 をタダで頭も使わずにこなすことができるようになりました。
 私の仕事でいえば、企業の発表する製品情報の記事などがそれに近いかも。
 新聞社では新人が、企業のプレスリリースを元に短い記事を書く仕事を与え
 られます。「ペンタックスが新型デジカメを発表」といった短い紹介記事の
 ようなものです。
 企業がホームページを持たない時代には、紹介記事とは一般消費者に情報提
 供するための貴重な「メディア」だったのです。
 が、今は企業がホームページをもち、一般の人がブログにそれをリンクする
 時代です。紹介記事をみなくとも、関心のある製品を作っているメーカーの
 サイトにいけば記事より詳しい情報が載っています。そのジャンルに詳しい
 人気ブロガーのブログを読めば、紹介記事よりずっと突っ込んだ情報を得ら
 れるかもしれない。
 では翻訳家の仕事も、新人記者の仕事も機械やソフトに置き換えられてしま
 って不要になったのでしょうか。そうではないですよね。
 翻訳ソフトがいかに発達しても、文学の翻訳はできません。柴田元幸のよう
 にポール・オースターを訳せるソフトはないし、村上春樹の文体で海外小説
 を訳してくれるソフトは、村上春樹本人以外には存在しないのです。

 記者の仕事もしかり。紹介記事はネットのリンクに置き換えられても、その
 商品がなぜどのような背景から生まれてきたかといった分析は、記者が時間
 と足を使わないかぎり、書けません。
 IT、つまり機械やソフトによって置き換え可能ではない仕事のできる人間
 である限り、ITがいかに進化しようと、必要とされる仕事のできる人間で
 いられます。
 こう考えると、いまはすべからく高賃金とはいえない福祉の現場の仕事も、
 近い将来、IT化が進めば進むほど、より置き換え不可能な部分が評価され、
 それに見合った賃金を得られる仕事になるのではないかと思います。

 でも置き換え不可能の仕事は、努力なり経験なり忍耐なりを担う人間に強い
 ます。努力はいやだから、いざとなったら機械に置き換えられるレベルでも
 私はいいわ、という人もいるでしょう。
 冒頭の友人の話に戻れば、「私はもう可愛がってもらわなくてもいいし、遺
 産なんかいらないから、お義母さんとは遠く離れていたいわ」と友人は言っ
 ています。
 「可愛い嫁」はケイコさんに置き換えていただいて結構、と。
 なるほど嫁姑問題は経済原理で割り切れないから複雑です。

 ではみなさん今年もよろしくお願いいたします。

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