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Vol.52 スピリチュアルブームと三島由紀夫が最期の日に
書き終えた物語
 来世とか、守護霊とか、はやっていますね。私は自分の魂が、肉体が滅びて
 も生き延びてまた誰かに引き継がれても、その人、それも私なのかしれない
 けどそれならなおさら、迷惑だと思うので、スピリチュアルブームに関心は
 ありません。

 けれども、他人の来世について考えることはあります。
 難病や精神の病と闘っていたり、とてつもなく不幸な家庭に育った人の傍に
 いる時です。この人にもし「次」があるなら、今度は楽に生きられるといい
 なと祈りたくなります。亡くなった友のことを思うときにもいつも、天国で
 どうしているかな、と考えます。

 スピリチュアル論を読めば、それが日本における宗教の役割を担おうとして
 いるのはすぐ分かります。
 来世とかあの世を語るのが宗教で、それは実は死について考えろと言いなが
 ら現実の死からは徹底的に目をそらそうとするものなのだ。と、生命学者の
 森岡正博さんとが、自身ががん患者であるジャーナリストの柳原和子さんと
 の対談で、言っています。
 でも死に現実に直面せざるを得ない、多くのがん患者にとっては、死は向か
 い合ったり受け入れたりできる現実などではない。人間はそんなに強くない。
 むしろ死から目をそらせるよう、騙されていたいのだ、と柳原さんは反論し
 ます。(「がん患者学2」中公文庫)。

 家族に問題を抱える人に宗教やスピリチュアルブームに親和性の強い人が多
 いのも、その人たちにとっての自分の生育環境や現実が、辛すぎるからなの
 でしょう。スピリチュアルブームを支えるのは、自己認識として、「私は辛
 い」と考える人が増えていることの現れなのでしょう。

 でもこんなブームよりもっと前に、もう少し深いところで、来世や転生につ
 いて考えた人は近年の日本にもいるだろう。と思っていた所で、見つけたの
 が三島由紀夫の遺作四部作「豊穣の海」シリーズでした。
 第一巻「春の海」は去年映画化され、宇多田ヒカルが主題歌を歌っていたり
 したので、知る人も多いでしょう。物語はこうです。シリーズ通して真の主
 人公である本多が、親友・松枝清顕の恋に破滅する短い人生を傍観するのが
 第一巻。第二巻、第三巻は本多が清顕の「生まれ変わり」を見つけ(一人は
 右翼青年、一人はタイの美しい王女)、策を弄して彼らと関わろうとするも、
 両者とも清顕と同じ20歳で死ぬ。ますます本多は彼らが「生まれ変わり」で
 あると確信する、という話。
 三島は輪廻転生の信者だったのか、と思いながら読み進めると、第四巻では
 大どんでん返しが待っているのです。
 第四巻では老いた本多が再び、ある少年を清顕の「生まれ変わり」と思いこ
 み、養子縁組をする。が、その少年は20歳になっても死なないのです。それ
 どころか老残の本多を虐め、すでに地に落ちた本多の人生を踏みにじろうと
 する。ここでようやく本多は、彼は清顕の生まれ変わりなどではなかったと
 悟ります。
 第三巻まで作者は輪廻転生を素朴に信じる人なのか、これは一種のファンタ
 ジー小説かなどとと思いながら読み進めていた者は、ここで頭を殴られたよ
 うなもの。
 では、自分が生まれ変わりと思いこみ、見てきたものはなんだったのか。
 自問し、悩んだ果てに、かつて清顕と禁断の愛を育んだ尼を奈良の寺に訪ね
 ます。そこで尼が語った言葉にふたたび読者は頭を殴られます。
 「お名前をきいたこともありません。そんなお方は、もともとあらしゃらな
 かったのと違いますか?何やら本多さんが、あるように思うてあらしゃって、
 実ははじめから、どこにもおられなんだ、ということではありませんか?」
 生まれ変わりどころか、この世でたしかに見た、出会ったと信じていた他人
 の存在でさえ、尼は「あなたの心が作り出した幻ではないか」と問うのです。

 三島は第四巻を書き終えて、原稿を新潮社へ持っていき、午後、自衛隊
 市ヶ谷駐屯地で自決しました。「豊穣の海」四巻はとてもとても長いのです
 が、転生を信じたくなるほどの人間の生の厳しさ、醜さを書き尽くしていて、
 こんなものを書いてしまったらその後、書くべきものなどあるだろうかと思
 わざるを得ない、読後感を突きつけてきます。

 来世があればいいな、次はもうすこし楽に生きられたらいいな、でも……。

 厳しい生を駆け抜けた三島の、この長大な物語を書きあげた思いの底には、
 実はこういったちっぽけな願いと否定の問いの繰り返しがあったのではない
 か。そんな思いが私にはぬぐえませんでした。
 だから今のスピリチュアルブームも、何か人の願いが潜んでいるのだと思う
 と、一蹴する気にはなれないのです。
 あくまで、自分の来世は、どうでもいいのですが。。


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