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Vol.51 「子猫殺し」にウサギを思う
 作家・板東眞砂子氏が日経新聞にエッセイ「子猫殺し」を寄せたのが8月18日。
 旅先から19日夜帰宅し、20日にその掲載紙を読む私の横で、ウサギのウサ君
 がついに、”あれ”を始めてしまった。

 ウサ君、Tシャツ、短パンからむき出しになったわが生腕、生足にやたらとす
 り寄ってくる。鼻をくんくんこすりつけ、くるくる回って胴体も摩擦させる。
 どうしたの、甘えん坊になって。寂しかったの?
 声をかけるやいなや、ウサ君、やおら立ち上がり、前足で私の腕をつかみ、
 すごい勢いで腰を振り始めたのだった。
 ふわふわの白いおなかの毛の中から、ピンク色をしたひも状の物体が、ぺろ
 んと宙を泳いでいる。
 これが”あれ”か。ウサギ飼育者なら誰もが直面する、疑似性行為。
 いわゆる”さかり”の状態に、ウサ君が突入した瞬間だった。

 さて板東氏のエッセイは、ネットでマスコミで、大反響・大波乱を巻き起こ
 した。
 読者も多くの方はご存じだろうが、簡単に説明すると、エッセイでタヒチ
 在住の板東氏が、自分の飼っている子猫には不妊手術をしたくない、だから
 分娩させて、生まれた子猫を動物の死骸が沢山ある崖から突き落とし始末し
 ている、社会への責任として、増えた子猫を殺す痛みは自分が引き受けてい
 る、と記した。
 それに対して、動物愛護団体やネットのブログ、毎日新聞にまで反論、非難
 が相次いだ。残酷すぎる、飼い主のエゴだ、と。
 板東氏もまた週刊現代やアエラなどに、反論の文章やメールでの回答を寄せ
 ている。この異常な反応は、生も死も含めて自然の中で生きることの影の部
 分を忌避する日本社会の病理性の現れであると。

 一ウサギ飼育者としてオスウサギのさかりを見て思った。やはり自分も、こ
 いつに去勢手術は受けさせたくない。
 かつて飼った雌の愛犬に、不妊手術を施した時。術後の犬の、悲しく人間不
 信に満ちた表情を思い出すのだ。

 けれども腰振り行為を繰り返しては、私に叱られ、それでもまた挑んでくる
 わがウサギの姿を、これからずっと見続けるのかと思うと、それもまたやる
 せない。
 ウサギの風俗?あるわけないし。そもそもウサギは快楽を求めてさかってい
 るのではなく、繁殖本能に突き動かされ、さかっているのだ。(たぶん)
 とはいえ一回の行為でウサギは4匹は子を作る。弱い動物だけあって繁殖力は
 バツグンで、年中、さかっている。雌ウサギは妊娠中以外、いつでも妊娠可
 能。へんな言い方だが、生んで一ヶ月もすればまた準備オーライなのだとか。
 そんなに沢山……。飼えるわけがない。もちろん板東氏のように、コウサギ
 殺しの痛みを引き受ける覚悟など私にはない。
 だから、やらせるなら(失礼)生ませ、コウサギも養うしかない。結論とし
 ては、4人の飼い主をなんとか募ってきて、いつか、一度は挑ませてやりたい。
 その日まで待ってくれ。というところに落ち着いた。

 私がなんとか去勢を避けたいのは、生き物としてのわがウサギから、生まれ
 て性行為をして子供を作って死んで、というワンセットを体験する可能性を、
 奪いたくないからだ。
 今すぐにはかなえられなくても、いつかかなえられるかもしれない。
 希望をゼロにするのが、飼い主のエゴとして、辛いからなのだ。

 ネットの書き込みを見ていると、ウサギ飼育界では、去勢・不妊手術派の方
 が多いようだ。マーキングや腰振りで手に負えないなら、仕方ないと思う。
 幸い、わがウサ君は、以前この欄で書いたような「天才ウサギ」などでは毛
 頭なく、ただの凡庸ウサギであるととうに判明したが、腰振り行為の頻度は、
 3日ほどしかり続けると、許容範囲にまで収まった。

 ウサギなどの小動物は、老人ホームでの飼育や、熟年・老夫婦家庭で増えて
 いると聞く。ウサギに癒されていたおじいさん、おばあさんは腰振りウサギ
 を見て、びっくりはしないだろうか。

 いやそんなもの、日本の農家ではウサギなんてどこも飼っていた慣れっこよ
 と、案外お年寄りの方が手慣れた扱いだったりして。

 ペットの性の問題は、犬猫のみならず、ウサギもネズミもみな同じ、飼い主
 に「生きるとは何事か」を考えさせる。

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