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Vol.50 草津の時間湯

 わずか1時間、滞在しただけでも忘れがたい場所があります。
 ふと足を踏み入れたその瞬間に、別の法則が支配する世界にすっぽり入り込
 んでしまったような場所。
 この夏、出かけた草津温泉の共同湯「千代の湯」は、私にとって、そんな空
 間でした。体にまとわりつく硫黄のにおい、酸性度の強い湯から放たれる
 熱っぽくすえた空気。千代の湯の脱衣所には、20代であろう女性2人が、体に
 バスタオルをかけてうずくまっていました。真っ赤な全身から、湯気と汗が
 噴き出しています。遠方から、近所のアパートをかりて湯治している、と1人
 は言いました。
 
 私にも不調の時期がありました。月に3、4回の頻度で40度近い高熱を出す体
 調不良に悩まされた時期が2年近く続き、もう社会復帰できないかと絶望し
 かけたことがあるのです。その記憶が、久しぶりに甦ったのでした。
 
 群馬県の草津温泉といえば、年に300万人の客がやってくる日本最大の温泉地
 です。構える宿は200軒。源泉は大小あわせて100以上あり、毎分32,000リッ
 トルの湯が湧出していて、草津町にある18の共同浴場はすべて入湯無料。
 町民のものである湯を、私たち観光客は、お裾分けに預かりに行くというわ
 けです。
 時間湯とは全国あまたの温泉地の中でも、草津だけに伝わる湯治の方法です。
 簡単にいうと、「湯長」と呼ばれる湯治のリーダーのかけ声の元、みなで草
 津節を唄いながら、細長い板で湯を揉みます。「草津よいとこ 一度はおい
 で ハーア ドッコイショ」と唄いながら、2メートルほどの木の板で、リズ
 ムよく湯を叩き、混ぜる。50度の源泉を揉むことで、入浴者の体調に合わせ
 た適温にするためです。それが終わると湯長の合図で、まず頭に湯を30回か
 ける。それから足と下半身を洗って3分間、湧出したての熱い湯に浸かる。
 1分、2分ごとに湯長が号令、湯治者は「オーっ」と答える。一連の儀式の修
 了です。
 終わると湯治者たちは、どこの旅館が安くて長期滞在に向いている、自炊が
 いいか外食がいいか、といった四方山話に花を咲かせ、汗が噴き出し終わっ
 たら三々五々と脱衣所を去っていきました。
 私は550円を払って参加する「体験者」なので、湯揉みはせず、女性の副湯長
 さんと二言三言、言葉を交わして帰りました。
 
 ただそれだけなのに、忘れられないであろう場所になると確信するのは、自
 然からの贈り物である湯にすがる人々の、充満する思いに、体が反応したの
 でしょう。すごいものが漂っているな、ここは、と。
 
 草津を取り上げた雑誌「自遊人」8月別冊号や、帰宅後にみつけた時間湯の公
 式ホームページによると、湯長さんは交通事故の後遺症で歩くことさえ困難
 だった時、時間湯に出会い、健康を回復した方。女性の副湯長さんも、皮膚
 炎の治療で訪れ、東京から通ううちに、大勢の人が一緒に湯治をして、つら
 い時期を乗り越える時間湯のあり方に惚れ込み、湯長の手伝いをしたいと移
 住してきたとか。
 時間湯の元となる集団入浴法は江戸時代に始まり、リーダーである湯長が自
 然発生的に現れたのは、明治になってから。湯治者は、湯長にまず相談をし
 て、時間湯にその人の症状が合うのか等を話し合います。
 最盛期には6カ所で時間湯が行われ、各浴場に100人から300人もの湯治客が集
 まった。しかし昭和30年代には取り壊しや移転が相次ぎ、現存するのは1カ所
 のみに。
 たった1カ所、されど1カ所でも、巨大な温泉街となった草津の地で、伝統的
 な湯治の方法を、人々が守り、永続させている。こんな営みが現代社会にお
 いて今も脈々と続いていると知り、日本も捨てたものじゃないと、思えてき
 ました。
 しかし、思いました。おそらく草津の時間湯は、「○○で癌が治る」と
 いった、ちまたにあふれる病気商法の態度とは縁遠いスタンスを保っている
 から、続いているのではないかと。
 時間湯サイトの湯長さんの言葉には、時間湯が培った経験的な知恵への信頼
 と、しかしそれを盲信したり「勘や運まかせ」にする態度を諫める謙虚さに
 満ちています。温泉療法の注意点として、湯治にも事故や後遺症があるとい
 うことを知って損はない、とはっきり書かれています。その上で「病んだ人
 でなければ、気づかない他人の痛みや光、知恵があると思います。諦めず、
 先入観に囚われずに、素直な心を持ったときに、人生は好転します」とも。
 
 わずか1時間でしたが、あの場所に巡り会えただけで、「いい夏だったな」と
 私は自分のお盆休みを振り返ることができるのです。
 (注・千代の湯での時間湯は体験的なもので本格的な時間湯は地蔵の湯)



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