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Vol.48 「3の1」か「4の1」か

 一流の仕事をする人と、1.5流に甘んじる人の差とは何なのか。

 思い出すことがあります。
 昔、本を二冊ほど書いている、ある若手の学者さんに会いに行ったときのこ
 とです。
 この人への取材は、私の提案ではなく雑誌編集部の人選によるものでした。
 渡された本は、たいした内容じゃなかった。けれどもまあ、頼まれ仕事だし
 しょうがないかと引き受けたのです。
 都内にある豪邸の呼び鈴を鳴らすと、小型犬を抱き、化粧ばっちり胸元の開
 いたブラウスを着こんだマダムが出てきました。
 彼のお母さんでした。
 シャンデリアのきらめく応接室に通されると、開口一番。「ほかの学者さん
 と並列にされるなら、僕はこの取材、お断りします。アメリカで僕のやって
 きた事は、ほかの人と並べて語れるようなものじゃ、ないんです」と彼。
 「そうよ。もしそうなら、今、お断りしなさいよ」
 あろうことか、お母さんまでもが口を挟んできたのでした。
 私はぶち切れそうになりましたが、編集者がなんとか取りなして取材は続行。
 「本を読んだ時から、えらいナルシスト君だなと感じたけど、その通り。た
 いした内容はないのにね」と陰口をたたきながら、帰途につきました。

 それで、後日談があります。
 ある席で、私は彼の所属している大学の事務局に務める人に、偶然、会った
 のです。
 何気なく「こないだ○○先生に雑誌の取材で会いましたよ」と話しました。
 「え、それ本人が大学で触れ回ってましたが、まさかあなたが取材されたん
 ですか」
 彼の声色が変わりました。
 「困るんです。ああいう人を、本を書いたからってメディアで取り上げても
 らっちゃあ」
 その事務局の方いわく、大学がお金を出して留学させてあげたのに、
 全く向こうで成果を挙げていない。なのに帰国すると「アメリカでは、向こ
 うでは」の連発。おまけに学者の立場を利用して、若い女性スタッフに
 ”お触り”するのが得意技。さらに、あのお母さんはしょっちゅう大学に
 顔を出し、「うちの子、ちゃんとやってますかしら」と差し入れなんかを
 置いていく。
 「アメリカでは、みたいな話が書いてある本に飛びつくのは、止めて頂きた
 いんです」
 苦言を呈されてしまいました。

 メディアをちょこっとだますのは、案外、簡単なもんです。
 でもおそらく、長くだまし続けることはできないでしょう。
 ライター仲間でよく話題になることがあります。
 かつてはホリエモンや村上ファンドの評判は、マスコミ人の間ですこぶる高
 かった。彼らの語る理想、世の中を変えたいという思いには筋が通っていて、
 新鮮だった。しかし名前が広がり、ある時点から、鼻持ちならないヤツに
 なったと噂が広がった。そして今年の逮捕劇。
 
 メディアパフォーマンスといった「見かけ」の繕いにかまけすぎると、必ず
 反動が来る。本業で地道に努力してこそなんぼなんだよな、という話に落ち
 着くのです。

 地道な努力が人を一流にする、といえばなんといってもイチロー選手。
 イチローの定位置「3割」という打率で考えてみると、よく分かります。
 「3の1」とは3打数1安打。これをシーズン中続けると打率3割3分3厘となり、
 おそらく首位打者の栄冠が得られるでしょう。
 かたや「4の1」つまり4打数1安打を繰り返していれば、2割5分。
 一軍レギュラーになれても、この打率では、下位打線にしか組み込めません。
 打線の穴であり、チャンスにこの打率のバッターに回ると、ああとため息を
 つくファンも多いはずです。
 4回に1回はヒットを打っているのに、ヘボと呼ばれる人がいる。それが3回に
 1回の確率であれば、絶賛を浴びる。この差の大きさにはとてつもないものが
 ある。
 積み重なると大きな開きとなる差。何が生み出すのでしょう。
 イチローがストレッチを重視しているのは有名です。過日のメジャーリーグ
 の球宴の時、試合前にアレックス・ロドリゲス(ヤンキース)に、ストレッ
 チの方法の教えを請われ、あれほどの大選手がまだ学ぼうとしているとは、
 と感銘をうけたとか。
 ストレッチを入念にする選手には怪我が少ないのです。怪我をすると、体を
 かばいながらプレーするから、当然、打率も下がる。

 余談ですが野球評論家の豊田泰光さんは、ストレッチが足りないから巨人の
 選手に怪我が多いのでは、と苦言を呈しておられました。

 さてストレッチとは練習前の準備運動。または練習後のクールダウン。
 意味するところは、これまた、陰の努力です。
 人が見ていない時における仕事への姿勢が超一流を作る。多言を要さぬ真理
 でしょう。
 人が見ていなければ寝てばっかりの筆者が言うことじゃ、ありませんが。

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