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Vol.46 30分間の出会い

 「人を信頼するとか、好きになるってどういうことか分からないんですよ」
 目の前の女性が、ぽつりと言った。

 ある病院のロビーに、私たちは向かい合って座っていた。女性はちょっとぽっ
 ちゃり型で、人を労るような目をしていた。今35歳で元は看護婦をしていた、
 と聞いて合点がいった。
 父親と兄からの性虐待を子供の頃から受けてきたのだと彼女はいう。3歳から
 その行為は始まって、そのころから彼女は、包丁で自分の手を切りつけていた。
 最初は父、しばらくして兄。母親はそのおぞましい行為を見て見ぬふり、終わ
 ったら「汚い子」と言って彼女を裸にし、水をかけたり、叩いたりした。なん
 ども自殺は試みた、けれども死にきれなかった、と。
 聞く側であるこちらの意識が、遠のいていくようだった。

 自分と年のそうかわらない女性が、わずか3歳からこの病院に入院するたった
 6年前まで、肉親に?弄ばれた、では軽い。おもちゃにされる、いや違う。こ
 の醜さをどんな言葉でなら表現できるのか。彼女は自分の回復のために過去の
 記憶を吐き出そうと、ホームページを作っているのでそれを見てください、と
 言った。
 彼女の日記には、彼女を苦しめる恐ろしい記憶として、行為が具体的に、繰り
 返し、繰り返し記してあった。
 ここには転載しないけれども、このおぞましさを人に伝えるたった一言の形容
 などない。具体的な記述を連ねるしかないのだと知った。

 彼女と話す時間は30分、と決められていた。感情が揺さぶられて、不安定にな
 ったり何らかの精神症状が出るのを防ぐための病院側の配慮だったはずだ。
 けれども、まるっきり病院の外の人間である私に、「話す」人物として彼女が
 選ばれたということは、この人はすでに「どん底」にいる人ではないというこ
 と。
 実際に、彼女は凄惨な体験を、ゆっくりと、でもきちんと他人に伝えるべく説
 明してくれた。
 もちろんわずか6年で、幼児の時から歪められた人生を送らざるを得なかった
 人が、完全に精神の安定を取り戻せるはずはなく、「まもなく一人暮らしを
 するのだけれど、これまで3度、その部屋に入っていずれもパニックを起こし
 てしまって」と言う。
 そして、病院の先生やスタッフに支えられてやってこれたけれど、いまも基本
 的には人とのつき合い方が分からない、といって、冒頭の言葉を漏らした。
 これからですよ、とも、きっとできるようになりますよ、とも言えない。返す
 言葉の浮かばないまま、30分は過ぎようとしていた。

 看護師の仕事、また始められるといいですね。
 「性被害の支援をする専門職になりたいんです」
 なんとかつなげた私の言葉に、するっと彼女は返答した。勉強して、性暴力の
 被害者を支援する看護師になりたいのだ、と。
 なんとしても生きて、幸せになりたいと今は思っている、それは自分の兄の娘
 のためなのだ、と続けた。
 「兄の娘が思春期を迎えていて、きっと、兄から性暴力を受けているんだと思
 うんです。死にたい、と私に言うようになって。あの子のためにも、私は回復
 するしかない。希望も何もなかった私がちゃんと生き残って幸せになって、後
 からやって来る、苦しんでいる子供のお手本になりたい。私の姿を見せてあげ
 たいんです」

 なんと気概に満ちた言葉なのか。
 彼女のサイトには、彼女の苦しみがびっしりと記されていた。でも見知らぬ
 人間に向かって語りかける彼女の言葉には、苦しみだけではなく希望が、望
 みがあった。
 感情を吐き出す場としてのネットはネットで、意味がある。けれどもあの日、
 私たちは会って話したことで、会話の流れに流されていくうちに、彼女の中か
 ら希望を語る言葉がこぼれ出た。
 会って話すことの効用とは、こういう思いがけなさにあるのかもしれない。
 たった30分の出会い。でも私はきっと彼女のことを、これからも思い出す。

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