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Vol.44 新人です、よろしく!
  5月も下旬になると、この春、かちかちに緊張して新世界の扉を開けた人、
 新入生なり職場の新人になった人も、少しは環境になじんできた頃でしょ
 う。

 私もつい先日、新たな世界に「新人デビュー」しました。
 それはチャットで遊ぶコミュニティーサイト。
 結論からいうと、スゴかった。

 「ハンゲーム」とか「カフェスタ」とか、「セガリンク」とか、いろいろ
 あるんですね。はまった、という人は周囲にもたくさんいました。
 アニメキャラみたいな自分の分身、アバターを使ってチャットをする、中
 でゲームをしたり、得点を重ねてレベルアップしたりする、くらいのこと
 は知っていました。
 パソコンを眺めると目が疲れるタチだし、そんな時間があったら本読んで
 いる方がいいや、なんて思っていたんです。が−−。
 取材の絡みで、そのうち一つに登録してみました。

 画面全体が町になっていて、あちこち動きながら、チャットの仲間入りを
 して、友達を作って。
 概要は分かるんです。
 でもいざ、その画面に入っても、周囲には誰もいないし、どこへ行けば人
 がいるのか、何ができるのかはチンプンカンプン。
 立ちすくんでもなにも始まらない。しかたなく動き回ると、ようやく
 「人」がいました。
 途中からではとても入っていけない会話が進んでいます。
 絵文字、「うぬ」とか「てらー」とか、隠語みたいな言い回しが飛び交っ
 ていて、まず、言葉の意味が分からない。

 「こんにちは!今日初めてなんです」
 こう書くしかありませんでした。
 「ちは!」「いまどき珍しい新人さんだって」
 リアクションあり。そしてなにやら私を囲んで、新たな話題の輪ができた
 のでした。
 お面やら、ぬいぐるみやら、ひらひらのスカートやら、着飾り込んだアバ
 ターたち。
 きっとこのサイトの常連さんたちなんでしょう。
 「そのお面は、何ですか?」
 「ぬいぐるみはどうやって手に入れるんですか?」
 とにかく聞きまくれ。私は質問に徹しました。
 「お面もぬいぐるみも、お金が貯まったら買えるんだよ」
 「お金はどうやって貯めるんですか」
 「ゲームをするの」
 「ゲームはどこでできるんですか?」
 こんなやりとりを続けていると、着飾り込んだ3人の常連さん達が、
 「じゃあ案内します」と案内人を買って出てくれました。
 なんて親切、と驚いていると、こんどはゲームをする場所に歩いていく途
 中のことでした。
 「これあげる」とプレゼントを渡されたのです。
 「服」でした。入ったばかりで最低限の服しか持っていない私に、その人
 は、自分の持ち物をくれたのです。
 別の人は、帽子をくれました。「お金」をくれた人もいました。
 ありがとう、ありがとう、ありがとう。幾度、お礼をいったことか。
 ゲームでも大失敗を連発する私は、手取り足取り、忍耐強くつきあって
 もらったのでした。

 1時間ほど遊びました。
 そろそろ引き上げよう。
 「これから経験を積んで、お金持ちになった時に、かならず今日のお返し
 をします」と私は切り出しました。
 何事もギブアンドテイク。礼儀のつもりでした。
 ところが返ってきたのは、予想外の答え。
 「いいえ。いいんです。でもあなたが今度、新人さんに出会ったときに、
 案内したり、プレゼントしたりしてあげてください」
 3人が3人とも、そう言うのです。

 アニメキャラみたいなアバター同士が交わす文字のやりとりに、なんで多
 くの人が「はまる」とかいうのかなあ。なんて思っていた私は、浅はかで
 した。
 新人に先達が親切にする。ルールを教えてあげる。その見返りを求めない。
 このカルチャーの積み重ねが、多くの人を「はまらせる」のだと、実感し
 ました。

 さてログアウトした後。これはどこか懐かしい感覚だ、なんだっけと考え
 てみました。
 思い当たったのは、「職場」でした。
 自分が会社に初めて入った新人時代、不思議に思ったものでした。
 右も左も分からず動き回り、デスクを困惑させたり、取材先を激怒させた
 りを繰り返す私に、2、3年上の先輩たちがどうしてあれほど世話を焼いて
 くれるのか。
 デスクに出す前のとんでもない原稿を、夜遅くまで居残って読んだり。
 何をしでかすか分からないド新人に、大切に築いた取材先を紹介したり。
 新人の世話がその人の給料に反映するわけはなし。
 なぜそんなに「してもらえるのか」、正直なところよく分からない。でも
 諸先輩たちの助けがなければどうなっていたかと心中、いつも思ってい
 ました。

 チャットコミュニティーに入って、言葉をかけられ、はっとしました。
 新人に親切にする先達がなぜ親切なのか。それは自分のいるコミュニティー
 を大切に思うからなのだろうと。
 会社の先輩たちは、意識的にせよ無意識にせよ、職場という空間を、大
 事に思っていたのでしょう。
 だからそこでの文化や習慣へ、新人がうまくなじんでほしいと、手ほど
 きしてくれたのでしょう。
 うまくなじんで、よい「仲間」が増えれば、その空間は発展します。

 チャットも同じなのでしょう。新人です、といって入ってきたアバターを、
 よい仲間にするために、自分の獲得した「服」や「帽子」や「お金」を、
 惜しげもなくくれた。
 今日の感謝を喜びを、こんどは別の人にも伝えてくださいねと言いたくて。
 そのように振り返ると、いずれ独立するんだとあまり会社に忠誠心をもた
 ないままサラリーマン生活を過ごした自分は、先輩としてはどんな存在
 だったか。恥ずかしくなるばかりです。

 せめてネットのコミュニティーで「経験」を重ねた暁には、新人さんに
 親切にしよう。と決意したのでした。
 アバター社会。侮るべからず。

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