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Vol.35 究極のモテ男の生き方に見る、あくなきエロスの力

 新年おめでとうございます。ことしも福祉の仕事メルマガをよろしくお願い
 いたします。

 さて昨年、流行語大賞の候補にもなった「モテ」、という言葉。
 雑誌「LEON」で中高年向けに「ちょいモテおやじ」と喧伝している間
 に、いつの間にか国民的流行語になっていたのには驚きました。

 いくら沢山の異性にモテても、究極の1人にモテなければ意味ないじゃん、
 まったく男ってやつは−−。

 とあの受賞に際しては、思ったのですが、たとえばガンで死亡した女性
 ジャーナリスト・千葉敦子さんのように、恋において「新しさ」ほどの魅力
 はない、と公言したインテリ女性もいます。

 性差の問題ではなく、究極の一人を探すよりも常に誰かを熱く愛していたい、
 と望むタイプの人は、たしかに存在します。

 イサム・ノグチを知っていますか。日本人の父とアメリカ人の母を持ち、
 1988年に84歳の生涯を遂げた、世界に名だたる彫刻家です。
 70歳でピークを迎え、80代になっても創作意欲も芸術的な革新性も失わなか
 った、イサムの生命力の根源となったのも、やはり、エロスへの渇望でした。

 イサムを知る人によると、彼の女性選びの条件は強烈です。
 自分は80歳になっているのに「30歳前後であること、超美人、自分のキャリ
 アを持っていること」
 評伝「イサム・ノグチ 宿命の越境者」(ドウス昌代)にある、数々の女性
 遍歴を読むと、その国際性にもまたびっくりです。

 イサムが人生で唯一、結婚したのが李香蘭。彼女は日本人(和名:山口淑子。
 参議院議員にもなりました)なのに、日本が満州を侵略していた時、国策宣
 伝映画に「中国人名」で出演し、人気を博したという不思議な運命の持ち主
 でした。

 日米開戦をまたいで思春期を過ごしたイサムも、日本人ともアメリカ人とも
 つかない人生を歩み、ずっと魂の居場所を探すような人生を歩みました。彼
 女とは同じ運命を背負った者として、愛し合ったのだとか。

 李香蘭はたしかに若いし超美人、自分のキャリアを持ってます。
 が彼女も女優のキャリアを捨てがたく、生活はすれ違って、離婚。

 イサムはその後、インド人でネルー首相の姪にプロポーズしたり(インドを捨
 てられないと、断わられました)、
 仕事の世話をしてくれたメキシコ人の妻(フリーダ・カーロという、映画に
 もなった著名なアーティスト)を寝取ったり、
 自分を訪ねてきた若い日本人建築家夫妻の妻と、夫も公認の三角関係に陥っ
 たり。
 はたまた祇園の料亭の女将さん、若いアーティスト志望の女性たち、などそ
 れはそれは多彩な人々と恋愛していました。

 イサムの作品の色気に関心した人が、「あんないい色、どこから出すんや」
 とイサムに聞くと、かれは真顔で、「このおなごから」と横にいた女性を指
 したのだとか。

 もちろん地獄も見ています。

 誰とも究極の深い関係にならなかったのは、自分が若いアーティストの夫妻
 に割り込み、三角関係になった後、その女性がイサムとも夫とも別れた後、
 縊死(いし)したという悲劇の影響がありました。

 それに、熱しやすく、また最終的には女性との安定した関係の構築より、仕
 事へエネルギーを注ぐことを選ぶイサムの性向に、長く付き添える女性はそ
 うは現れなかったのかもしれません。

 英雄色を好むと言います。イサムの作品に漲るエネルギーを見れば、人が力
 強く生きるには、生身のエロスが不可欠なのだろうと、誰しも考えざるを得
 ないでしょう。
 ニューヨークで死の間際まで、恋人兼秘書兼身の回りの世話をした米国女性
 も、イサムの女漁りを、創作に不可欠なものなのだと諦めました。

 そう思えば、老人ホームでよくある話として、合コンがこっそり企画された
 り、カップルが生まれたり三角関係が生じたりすると聞くのも、なるほどう
 なずけるところです。

 生きたいと願う欲求に、天才も凡人もありません。

 メルマガ読者の皆さんの多くは学生さんですね。まだまだ若い!
 どうぞこれから向かい合うお年寄りに負けじと、エロスな経験を蓄えておい
 てください。


     

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