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2年ほど前に知り合った、32歳の男性の話です。
暗い顔をして待ち合わせ場所に経っていました。
最近、うまくいってないと言います。
勤めていた工場が閉鎖になり、アルバイトをいくつか転々としたものの、
どれも長く続かない。元々、対人恐怖気味で不器用。
職場でいやがらせをされたのを引き金に、
うつ病となり、精神科に通っています。
バイトが続かないのは、うつが悪化して気力が涌いてこない、
というせいでもあるのです。
ついには生活が成り立たなくなり、サラ金からの取り立てに追われ始めた。
自己破産して、精神障害者の認定もうけようかと思う……。
こんな近況を、ぽつりぽつり、話してくれました。
何と言葉をかけてよいものか。がんばって、なんて言えません。
これ以上がんばれないほどがんばってきた結果が今なのです。
また彼の家庭の事情をも知る者としては、
軽々しく「親に頼ったら」とも言えず、とはいえ私に何ができる訳でもなし。
はあ、と嘆息。喫茶店のテーブルには重苦しい空気がたちこめました。
ところが。
でも、生きてればいいこともあるからさ。
何の気なく私の言った一言で、彼の顔がぱっと赤らんだのです。
「そうですね。じつはボク、彼女ができたんですよ」
エエーっ! 一瞬息をのみ、次に大声をあげてしまいました。
一転、私生活ではそんな展開がこの、弱り切った彼に起こっていたなんて。
ど、どこで知り合ったの?
「ある高級クラブです」
高級クラブって?だれかに連れて行ってもらったの?
「はい」
誰よ?
「呼び込みの人」
かすかに疼くものを感じました。
聞くと、彼女とはその「高級クラブ」のホステスのことなのです。
勤めていたころ、彼は、ある程度お金が貯まればそのクラブにでかけ、
彼女を指名するのを喜びとしていました。
「ものすごく話が合う。分かり合えるんです」と彼。
何週間に1度か、それも「高級」といっても一回の飲み代は
1万円代だというのですから、クラブとして「高級」といえるかどうか。
それでも彼にとっては、彼女を横に座らせて会話をする、
そのひとときが至上の幸福であり、
そのためにうつ病が苦しくても残業がかさんでも、
文句一つ言わずに働いてきたのです。
じゃ、店の外でも会ってるの?
「いえ。それはまだ」
そんなの彼女とは言えないよ、とは
口にすることは私にはできませんでした。
今、店に行く経済力がなくなった彼に、
そのホステスさんは時々、電話をくれます。
「元気?どうしてる?と近況を聞くだけ。
こんな情けないボクの状況を知っているのに、
彼女は絶対責めたりしないんです。
強引に、店に来てって誘ったりもしないんです」
彼は一生懸命、彼女のよさを説明しました。
たしかに月に1万円そこいらにしかならない客、
おまけにもう何ヶ月も店には顔を出していない客に、電話をかける。
優しい心の持ち主なのでしょう。
彼女の優しい気持ちと、それを心待ちにする彼。2人は恋人なのか否か。
世の中の「基準」でいえば、違います。
でも彼にとっては、かけがえのない「彼女」である。
その人に会いに行くために、また働きたいと思うし、
うつ病だって治したいと思う。
生きる支えとはまさにこのことなのです。
裏を返せば、そのホステスさん、立派な仕事をしているなあと思います。
営業成績のよいホステスかどうかは別にして、
人の心を支えるという、素晴らしい仕事をしているなあと。
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