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Vol.29 恋の形はひとそれぞれ
2年ほど前に知り合った、32歳の男性の話です。
暗い顔をして待ち合わせ場所に経っていました。
最近、うまくいってないと言います。

勤めていた工場が閉鎖になり、アルバイトをいくつか転々としたものの、
どれも長く続かない。元々、対人恐怖気味で不器用。
職場でいやがらせをされたのを引き金に、
うつ病となり、精神科に通っています。
バイトが続かないのは、うつが悪化して気力が涌いてこない、
というせいでもあるのです。
ついには生活が成り立たなくなり、サラ金からの取り立てに追われ始めた。
自己破産して、精神障害者の認定もうけようかと思う……。
こんな近況を、ぽつりぽつり、話してくれました。

何と言葉をかけてよいものか。がんばって、なんて言えません。
これ以上がんばれないほどがんばってきた結果が今なのです。
また彼の家庭の事情をも知る者としては、
軽々しく「親に頼ったら」とも言えず、とはいえ私に何ができる訳でもなし。
はあ、と嘆息。喫茶店のテーブルには重苦しい空気がたちこめました。

ところが。

でも、生きてればいいこともあるからさ。
何の気なく私の言った一言で、彼の顔がぱっと赤らんだのです。
「そうですね。じつはボク、彼女ができたんですよ」
エエーっ! 一瞬息をのみ、次に大声をあげてしまいました。
一転、私生活ではそんな展開がこの、弱り切った彼に起こっていたなんて。
ど、どこで知り合ったの?
「ある高級クラブです」
高級クラブって?だれかに連れて行ってもらったの?
「はい」
誰よ?
「呼び込みの人」
かすかに疼くものを感じました。
聞くと、彼女とはその「高級クラブ」のホステスのことなのです。
勤めていたころ、彼は、ある程度お金が貯まればそのクラブにでかけ、
彼女を指名するのを喜びとしていました。
「ものすごく話が合う。分かり合えるんです」と彼。

何週間に1度か、それも「高級」といっても一回の飲み代は
1万円代だというのですから、クラブとして「高級」といえるかどうか。
それでも彼にとっては、彼女を横に座らせて会話をする、
そのひとときが至上の幸福であり、
そのためにうつ病が苦しくても残業がかさんでも、
文句一つ言わずに働いてきたのです。

じゃ、店の外でも会ってるの?
「いえ。それはまだ」
そんなの彼女とは言えないよ、とは
口にすることは私にはできませんでした。

今、店に行く経済力がなくなった彼に、
そのホステスさんは時々、電話をくれます。
「元気?どうしてる?と近況を聞くだけ。
こんな情けないボクの状況を知っているのに、
彼女は絶対責めたりしないんです。
強引に、店に来てって誘ったりもしないんです」
彼は一生懸命、彼女のよさを説明しました。

たしかに月に1万円そこいらにしかならない客、
おまけにもう何ヶ月も店には顔を出していない客に、電話をかける。
優しい心の持ち主なのでしょう。

彼女の優しい気持ちと、それを心待ちにする彼。2人は恋人なのか否か。

世の中の「基準」でいえば、違います。
でも彼にとっては、かけがえのない「彼女」である。
その人に会いに行くために、また働きたいと思うし、
うつ病だって治したいと思う。
生きる支えとはまさにこのことなのです。
裏を返せば、そのホステスさん、立派な仕事をしているなあと思います。
営業成績のよいホステスかどうかは別にして、
人の心を支えるという、素晴らしい仕事をしているなあと。
 

     

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