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Vol.27 不自由を知らない世代への期待
福祉の学校に通う当メルマガ読者諸兄は、1980年前後の生まれの方が
多いのでしょう。

週刊誌のバックナンバーをひたすら読んでいます。
5号、10号前のものではなく、1970年代のものを図書館で探します。
おそらく読者の皆さんが生まれる前の世の中を、雑誌から探るのです。

1970年代には、今私たちの身の回りにあるサービスは、
携帯電話とネット以外、ほとんど揃っていました。

マクドナルド1号店の登場が1971年、セブンイレブン1号店が
1972年であるのは有名な話です。

けれども「マンガ喫茶」が30年以上前、もう、東京にあったとは
あまり知られていないのでは。

かつて男の青春バイブルと称された(手あかのついた言い方ですが)
週刊誌平凡パンチの1976年9月6日号に、こんな記事を発見しました。

「マンガ嫌いな男が開いたマンガ・スナック…只今満員!」

大阪在住の板前さんが勝負を賭けて上京、店を持ったがはやらない。
電車の中で大の大人が黙々と漫画を読む乗客の姿を見ているうちに、
じゃあ漫画を読める喫茶店をやってみようかと、
東京・江古田で始めたのが、「まんが塾」。1974年10月のことでした。

漫画を読むのは1冊20円、入場料としてコーヒー代180円を払う。
喫茶メニューにはカレー、ピラフなどがあるというから、
時間課金でない点以外はまさに今の漫画喫茶のシステムそのもの。

評論家の坪内祐三氏は『一九七二―「はじまりのおわり」と
「おわりのはじまり」』(文藝春秋)で、連合赤軍による
あさま山荘事件が起き、そして情報誌ぴあが創刊された
1972年という年の前か後かに大きな断絶があることを記しました。

若者が政治を問題視し、具体的なアクションを起こした
学生運動の頂点は1968年でした。
4年後のあさま山荘事件では、その学生運動から派生した過激派が、
内輪でリンチ、殺し合いをした。若者にとって、
政治の季節の終わりを決定づける事件となりました。

一方の経済はどうかといえば、1973年に第一次石油ショックが
勃発するまでの日本は、今の中国のように、
国がどんどん発展する高度成長期にありました。

私の見つけた1974年漫画喫茶誕生の記事は、
戦後のイケイケドンドンが小休止した時期のものでした。
すこしゆったり漫画でも読もうかといった世の中の気分を、
的確に写し出していました。

今の漫画喫茶には、シャワーやベッドまでついています。
私たちの欲しい物、望むサービスをどんどん加えて、
かゆいいところに手の届くサービスに発展しました。

家の中で読むものだった漫画を、外で読む。サービス産業とは、
家の中の行為を快適に、外で行えるようにしてくれるものなのです。

サービスを発展させるのは消費者の欲求です。
福祉の仕事にも、通じるものがあるでしょう。

「すべてが揃っている」時代に生まれた皆さんにこそ
気付くことが可能な、洗練されたサービスや気遣いが、
いろいろあるはずのではないかと想像します。


     

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