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Vol.26 「パンクじじい」に見る独学・変革の精神
「パンクじじい」とは、かの演出家・蜷川幸夫氏の言葉です。

蜷川氏は御年70。にもかかわらず、今もって、日本の俳優が
おそらく誰しも「使ってもらいたい」と望む、稀代の奇才です。

若手では藤原竜也などは蜷川劇で頭角を現した代表格。
大竹しのぶなどの大女優も、蜷川演劇で育てられたといっていい。

その蜷川氏の名言です。

「ギトギトしたパンクじじいになりたい」(日経マガジン05年6月号)

60代の時に、心筋梗塞ののち心臓のバイパス手術を受けるなど
身体の変調を乗り切って、こう言い放ったというのです。

しびれますね。

まあもっとも、福祉メルマガ読者のみなさんなら、
「自分の勤める施設にそんなパンクじじい、
パンクばばあが何人もいたら、たまったもんじゃない」と
思うかも。

集団生活には向かないタイプでしょう。
が、観るものを惹きつける舞台を作り上げ、私たちの意識を
「日常」からかっさらってくれるのですから、
こういう方はいわば人類の宝。
80になっても90になっても、「パンクじじい」でいてもらいたい。

その蜷川氏、7月にはなんと歌舞伎の演出にまで手を広げました。
題目はシェイクスピアの「十二夜」。さっそく見に行きました。

舞台には鏡が張り巡らされ、役者のきらびやかな衣装が正面から、
後ろから斜めから、万華鏡のごとく映し出される。その静謐な美しさ。

魂を奪われたとはまさにこのこと、夢遊病者みたいになって
帰途に着きました。

それはさておき、いくら才能に恵まれていても、
70すぎて先鋭でいられるとはどういうことか。

どんな大家をしても、時代を感受して自分を変えてゆかないと、
ある時点で「賞味期限切れ」と大衆に切って捨てられます。


蜷川歌舞伎を見て以来、なぜ70を過ぎても
第一線に居ることのできる人がいるのか、
考えました。

ヒントは、最近、雑誌の仕事で続けているある写真家への
ロングインタビューの際に、ひらめきました。

その方も齢70超。今も有名タレントの
水着やヌードを撮り続けています。

彼はどの師にも就かず、写真の学校にも通わずに、
独学でプロになったといいます。

高校時代に学生新聞を作っていたという実績を売り物に、
今でいう地方のタウン誌に就職。それを皮切りに、
次は上京して東京の出版社に入り、記事に付ける写真を
撮ってくるようになりました。

手本は大家の写真でした。
この光の加減はどうやって出したのだろうか、
こういう影はどういうライティングで生まれるのか。
考えながら、アパートで夜、ヤカンにライトを当てながら、
光と影の作り方を覚えました。

蜷川氏の場合、売れない役者だった時期を経て、
31歳で演出に転じています。妻が東映のスター女優だったので、
蜷川氏は自宅で育児担当。
育児に人間の絆とは何かを学び、「育児は僕の学校だった」と
これまた名言を残しています。

さらに映画や歌舞伎を細かく分析、
自分のものになるまで勉強しては、演出に取り入れました。

独学で切り開く。手本をまね、自分の表現にまで消化する。

この姿勢こそが、いくつになっても自分を変え、
時代を作ろうとするパワーの原点ではないかと思うのです。

ところで昨今は、カメラマンも写真学校を出て、
さらに有名写真家の助手を経て、独立するのが一般的なのだとか。

ライター稼業にだって、最近はライタースクールなるものも
登場しています。

かくいう私も、新聞社というOJTを施してくれる
大きな「学校」の卒業生、
学生生活の後にまったくの自力で文章修行に
人脈作りをしてきたライターに比べれば、
温室栽培みたいなものだと自覚しています。

スタートは、もうやり直しがききません。
でも、自分で学び、自己変革を続ける努力なら、
いくつになっても実践できるはず。

「パンクじじい」の姿勢に学ぶ。
これはどんな職業にも共通して、可能なことでしょう。


     

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