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Vol.17 太陽の光と不眠症
あるシンポジウムの後の立食パーティーにて、
睡眠研究の第一人者という初老の医師と同じテーブルに着きました。

初めましてと名刺交換をして相手の肩書きを見て、
瞬時に話題をひねり出せるか。
パーティーを実りあるものにする上で、最も重要な技術です。

「眠れなくて困っているんです。××××を飲もうかと思ってるんですが、
ああいう市販の睡眠薬って、効きますか」

医師はさらりと言いました。「3日で効かなくなりますよ」

「ライターさん? あーその職業の人は眠れないって言う人多いですね。
眠れないと訴えることにカタルシスを感じているみたいなね。
眠れないほど忙しいのよ、っていう。あなたもそうなんじゃない?」

カタルシス? とんでもない。一人で取材に出かけ、
黙々と家で原稿を書く日常に、自分の忙しいさを威張るような
相手などいやしない。

不眠、中でも明け方目が覚めて寝付けなくなる「早朝覚醒」に
私は数年来悩まされています。

仕事が忙しくなればなるほど、それが気になって気になって、
朝5時には目が覚めてしまう。
ぐっすり眠れていないので、そこで起きてのこのこ動いても2,3時間で
バテて、再びうたた寝。結局、昼ごろにボーっと重い頭を抱えて起きる。
この繰り返し。

こんなんじゃいかんと、できる限り健康な暮らしを営もうと、
努力をしてきたつもりです。

だからムキになってその医師に、「不眠克服にむけがんばっている私」の
生活実態を説明しました。

「取材に出る日もありますが、ここ数日は原稿書きばかりです。
朝8時に起きてから夜2時に寝るまでほぼずっとパソコンと紙に向かってます。
あ、でも運動もしてます。週3回はプールで泳いでます。
食事は昼、夜とも自分で作ってます。コンビニ弁当なんか食べてませんよ。
野菜中心で海藻や豆腐は欠かさずに」

ふんふんと聞いていた医師は言いました。

「ちなみに原稿書く時、カーテン開けてますか?」

いいえ。外の音が気になるから締めっぱなしです。それが何か?

「じゃ、僕らが実験で使うネズミの生活と同じですね」

ネズミ、とは。  

「眠れない状態にして実験するんです。
そのネズミが置かれている環境と同じってこと」

医師曰わくネズミを眠らせないためには、まず光を遮断する。
動物は光を浴びないと体内時計が狂い、きちんと眠れなくなるからです。

「運動も必要、食事も大切、でも何より大事なのは日光を浴びることなんです」

絶句して会場を去りました。帰途、ある光景を思い出しました。
不登校から社会的引きこもりになってしまった少女を、
4年かけて取材していた時期がありました。

少しずつ距離を縮め、ついには親友と思える関係を築いていたつもりでした。

ところが彼女は首を吊りました。寒い冬の日の午前3時ごろに。

死後、一ヶ月して彼女の実家を訪ねた時、案内された彼女の部屋を前に
立ちすくみました。部屋は闇と化していました。
彼女は部屋の窓から、外の光を一切遮断していたのです。
外からは雨戸を、内からは布で窓の隙間を埋め尽くして。

不眠に苦しんでいた彼女はその真っ暗な空間で、
昼夜となく蝋燭を灯して本を読み、音楽を聴いて過ごしていました。

パーティーでは気軽な立ち話のつもりで不眠の話題を持ち出しました。

でもしばし、考えても詮ない思いに耽りました。
「日光を浴びようよ」と彼女を外へ連れ出していれば、
何かが違っただろうかと。

性質は違えど、彼女も私も、現代型・都会型のリズム
−−つまり反・動物的で不自然なリズムで−−
で暮らしていました。

古代日本人が、太陽を神と崇め、天照大神を八百万の神の頂点に置いたのも
理があるのです。太陽の光。きちんとあびようと意を改めました。

福祉の現場にこれから飛び出すみなさんなら、太陽の光と
人間の身体・心の関連性を、実感としてご存じかもしれませんね。
     

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