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Vol.12 競争によってそぎ落とされるもの
大手CDショップの店頭には必ず、視聴機があります。

視聴機は人気者です。テレビのチャンネルをザッピングするように、
CDを飛ばし聞きし放題なのですから。

ピンとくる音があるかどうか。判断は10秒か、長くて20秒。
2、3曲ザッピングして、「ピン」がなければ次の視聴機へ。
人はこんな風に視聴機の前で動いています。

奏者にとってみれば、残酷なシステムです。

音楽の作り手は、日々膨大な時間を、その演奏を生み出すために
費やしています。

30代になってもバンドでメジャーデビューの夢を追い続け、睡眠を削り、
仕事でくたくたになりながらオーディションのようなライブに
出続けている友人がいます。

ライブハウスには、特別席がしつらえてあります。
そこに居るのはレコード会社や音楽業界の人たち。
しかめっ面でふんぞり返り、フンフンとメモを取っています。

いわば品定め。客席にいる私は、祈るような気持ちになります。

クラシックの演奏家はもっと幼い時から、
人生の大半を練習に支配されています。

1月3日の夜、今、おそらく世界で5本の指に入るであろう人気ピアニストの
マリア・ジョアン・ピレシュが、パリ高等音楽院の学生たちにレッスンをする
光景を、NHKで放映していました。

壮絶なレッスンでした。

生徒は、コンクール受賞歴がちゃんとあり、もうピアニストとして
演奏活動を始めている20歳過ぎの若者たち。

日本人の男の子がトップバターでした。すらすらと美しい音で彼は弾きはじめます。
するとピレシュが、「違う! 違う!」と連呼するのです。

こうするの、と彼をどけるようにピレシュが同じフレーズを弾く。
彼女の奏で出す音と生徒の音とは、背筋にふるえが走るほど、違うのでした。

ピレシュが何度も口にしたのは、曲のフレーズに合わせて呼吸する――
つまり身体のすべてをあますところなく使って演奏しろ、ということでした。
身体の動きが空気の流れを変える、すると音が変わるのだ、と。

生徒はみな、虚を突かれたような表情でした。察するに、空気の流れを
「息」や「身体」で変える、とは初耳だったのでしょう。

「演奏と身体との関係を、あなたはいつから考え始めたのですか」

レッスンの最後に、一人の生徒か質問しました。ピレシュは言いました。

「最初からです。3歳か4歳の時」

3歳か4歳の女児が、ピアノの音をいかに豊かにするかについて考えるとは――。

神様に愛された人にしか覗き得ない世界を覗いてしまった人なのだ、
恐らくこの場にいる学生と彼女とは、才能の水準が違うのだと、
思わざるを得ない一言でした。

生徒も同じ思いだったのでしょう。嫌みとも取れかねない質問をしました。

「人生に苦労したことは?」

音楽があるから苦労も苦労とは思わなかったわ、といった答えが来るだろうと
予想しました。ところが違いました。

「右手が動かなくなったり、自分のキャリアに納得のいかない時期がありました。
精神の混乱をきたした時期がありました」

ピレシュは時に空を見つめながら、言葉を詰まらせ、何度か「精神の混乱」と
繰り返しました。そして最後に、静かに言いました。

「コンクールに一喜一憂しないで。競争に集中しすぎると、
失うものが大きいから」

十分すぎるほどの名声を得た彼女でさえも、音楽業界の競争にさらされ
苦悩してきた姿を露わにした、一言でした。

彼女ほどの天才でさえ、視聴機でザッピングされるシステムの中で生きるのは
苦しいのです。ヘッドホンを耳に当てた瞬間に、聞き手を魅了する刺激を
与えなければ、という耐えざるプレッシャーは。

けれどもこのインタビューの「聞き所」は、競争の過酷な現実の露呈に
あるのではありません。

競争に集中しすぎると、失うものが大きい。「競争に集中すると」ではなく、
「しすぎると」なのです。

お金をもらう仕事である以上、競争は避けられない。でも競争によって
そぎ落とされる何かがあるのだと自覚し、細心の注意を払っていなければ、
ただ競争に勝つだけの人になってしまうのよ。

彼女の真意はこうなのではないかと、私は捉えました。

おそらく福祉の仕事を目指す皆さんの世界にも、同じような側面はあるのでしょう。
どんな就職先を選ぶのか、給料で、労働の効率だけで職場を選ぶべきなのか。
自分の理想と資本主義社会における現実との格差を知って、悩む方もいるはずです。

競争によって失うものとは、「市場性」とは対極にある何か、です。
それをどう、位置づけるか。

私にとっては2005年最初に飛び込んできた「言葉」が、
このピレシュのレッスンでした。
     

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