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Vol.09 失うと涙が出るほどの課題に今、向き合っているか。
「だれもが知る、今年のある大ヒット商品の開発に貢献した人の話を聞きに、
某メーカーへ取材に行ったときのことです。

インタビューを受けてくれた男性は技術者でした。
その食品の風味や成分など、技術開発のとりまとめをしたリーダーでした。

どの成分をどのぐらいの量加えれば味のバランスが最適なのか、
香りをどう整えるか。
技術的な課題を解決するのに結局2年もかかってしまった、
という苦労話をひとしきり聞きました。

しかし私と同行した編集者がもっとも驚いたのは、
その大ヒット商品を作る前、彼は何をしていたかを聞いた時でした。

「20年間、食品の研究をしていたんです」。その人は言いました。

その会社の食品部門は日陰の身、お荷物扱いで、いつ廃止しようかと
何度も議論になったのだと、以前に別の社員から私は聞いたことがありました。

食品部門に入社以来20年ですか? だから思わず聞き返してしまいました。

その20年で彼が携わった課題が商品化されたのは、わずか2つでした。
2つのうち、最初のものは、ほとんど別の開発者が完成させた後を
引き継いだだけだった、だから実質的に今回のヒット商品が
最初の「作品」なのだと彼は言いました。

ではそれまでは何をしていたのか…。
厳しい質問ですが聞かずにはおれません。

「発売直前までいったものも、あったんですが」

聞けば、もうほぼ完成品が出来あがり、スーパーで試食会までやった
「商品」がありました。
試食会ではそのスーパーの類似商品を押しのけて、
消費者アンケートで最高点を得ました。

ところがその直後。本社では、その「商品」の正式な商品化はしない、
と決定を下したのです。
研究グループは本社に呼び出され、「商品化中止」の決定を
聞かされました。

グループは全員、うなだれました。
そしてグループのリーダーは、泣き出してしまったのです。
申し訳ない、自分の力不足だった、みんなに迷惑をかけてしまった―。
彼は声を上げて泣きました。
本社から研究所に帰る途中のバスのなかでも、ずっと。

大企業では将来への投資として、様々な可能性を探るため、
いろんな技術者がテーマをもって研究しています。
その中で実際に商品として日の目を浴びる技術は、ほんの一部です。

分かっているけれど、やはりせっかく手塩にかけて育てた技術なのだから、
世の中に送り出したい。消費者に使ってもらいたい。
こう考えながら、僕らは仕事をしているんです。

私のインタビューに答えてくれた人は、涙の意味を説明するために、
こう言いました。

仕事とは、どんな些細なことであっても完遂されてこそ意味を持つ―。
ということを、心理療法家の霜山徳爾氏が言っていました。
たとえ道にほうきをかけるような単純作業であっても、
途中でやめたら自分がすっきりしないし、他人から感謝されることもない。
「やってよかった」という満足感は得られない。

研究も同じなのか、と私は得心しました。帰り道、同行の編集者は、
「私は今、取り上げられたからといって泣くような仕事をしているかな、
と考えちゃった」とぽつりと言いました。

中止を言い渡されて涙が止まらなくなるほど執着する仕事とは、
上から、他人から与えられた仕事ではなく、その人が自発的に、
能動的に、取り組んできた仕事なのでしょう。
そう考えれば、その後の展開についても納得がいきます。

取材を受けてくれた人は今回の大ヒット商品の研究部門の
とりまとめ役となりました。そして泣いたリーダーだった人は、
事務部門から同じ商品に携わる役割だったのです。

ちゃんと見てくれている神様っているのかな、とちらりと思いました。

今や食品部門は、その会社の重点投資部署になりました。
     

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