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Vol.05 84歳の女優が「15歳の少女」を演じるとは
東京・日比谷の芸術座にて上演中(10月末まで)の「おもろい女」という
お芝居を観てきました。

お目当ては、84歳の女優・森光子さんです。
昭和初期に一世を風靡し、戦後まもなく覚醒剤中毒の末に36歳で絶命した
女漫才師、ワカナの人生を森さんが演じます。
この舞台、ワカナが15歳の時から幕を開けるのです。

84歳の森光子さんが、15の少女に扮する……。
いくらなんでもキツいのでは、と思いますよね。
私は思ってました。84歳ですよ。
普通ならば腰も背中も曲がって、元気に歩ければ御の字といった年齢です。

けれども森さんといえば、たしか去年は20歳の役で東山紀之と共演しされた方。
ヒガシの他、タッキーその他ジャニーズジュニアの面々とも「お友達」だと
伝えられています。

ジャニーズだけではありません。ドジャース野茂投手のトレーナーに
特別プログラムを作ってもらって毎日150回のヒンズースクワットを課していて、
誕生日には野茂投手の試合をボストンまで見に行って、
イチローや大魔神・佐々木(当時)に祝ってもらったとか。

「大女優」とか「芸能界の母」といった役割を超えて、若い男たちを引きつける
何かがある人であるに違いありません。

期待に胸ふくらませ、芸術座へ出かけて参りました。
で、84歳の森光子は15歳の少女に見えたのか。

見えたのです。たしかに。

幕開けは大阪・楽天地の喫茶店の前。漫才界の大御所に、
出雲から出てきた主人公の少女が、飛び込みで弟子入りを懇願する
場面から始まります。

お下げ髪、紫のはなやかな着物に身を包んだ少女が、背筋をしゃんと伸ばし、
ぴんぴんと跳ねるように舞台に飛び込んできたその時。
壇上は、花が咲いたごとくさっと明るくなりました。

弟子入りを認められた少女は、得意げに「あーら、えっさっさー」と
愛らしい声で安来節を歌い出します。そこにいたのは、混迷の世で
まさにこれからスターダムに駆け上がろうとする、15歳の身体の動きを
見事に表した演技者でした。
初っぱなから気持ちを捕まれた客席の私たちは、この後主人公が
興行界を渡り歩き、ヒロポンに溺れ、36歳でのたれ死ぬ場面まで、
何の違和感もなく舞台の上の世界に吸い込まれていきました。

調べてみると、森光子さんは壮絶な人生を歩んできた方でした。

京都の芸妓と京大の学生との間に生まれた彼女は、14歳で母を亡くし、
父もすぐ後に亡くしたので学校を辞めて芸能界に入りました。
従兄弟が映画スター、嵐寛寿郎だったのです。
昭和10年(1935年)、15の時に女優デビューします。住まわせてもらった
嵐寛寿郎の家では苛めに逢いました。
けれども映画出演をこなして生活費を稼ぎ、戦争で映画への統制が厳しくなると
歌手に転向、中国や東南アジアを慰問団の一員として訪ねます。
戦後は進駐軍のクラブ回りもしました。大病を繰り返し、
結婚と離婚も経験しました。

関西ではラジオやテレビのお笑い番組に出て、人気は出はじめたものの、
女優としては長く脇役専門でした。
彼女が「放浪記」の舞台で主役を射止めたのは、なんと40歳の時でした。

「放浪記」が始まった翌年、1962年7月の雑誌対談で、彼女はこう語っています。

「私は、これまで18回も転々と住所を変えたし、一時は、やけになって
流れ流れるような日々を送ってました。若い頃は、死のうかと
思ったことさえあった苦しいことの連続だったでしょう。
それだけに人の親切が嬉しくてたまらない……」
(文芸別冊62年7月)

「放浪記」は現在までに1731回、「おもろい女」も
10月末で408回となる超ロングラン公演です。
長く続く秘訣は、「一度たりとも満足した舞台はない」と
雑誌インタビューで答えていたように、森光子の向上心にあるのでしょう。
それにしてもなぜこれほど多くの人が彼女の舞台に足を運ぶのか。

その答えの一端を見たかと思えたのが、終演後のカーテンコールでした。

助演の段田安則と並んで客席に向かって頭を下げる森光子のお辞儀が
目に焼き付きました。
深々と体を折り曲げて、ゆっくり、ゆっくり頭を上げていきます。
頭を上げたとき、彼女が客席を見つめるまなざしは、まさに愛する人を
慈しむ時のような目でした。

左、正面、右。
同じ動作を、スローモーションのように時間をかけて繰り返しました。

あれほど情感のこもったお辞儀を、どんな演奏会や芝居でも、
私は見たことがありません。
年齢や経験を重ねる事のすばらしさとは、こういう表現ができるように
なることにあるのではないか、とさえ思いました。

会場には中高年の観客が多かったのですが、福祉の仕事を志す
読者諸氏のような若い方こそ、見てもらいたい舞台です。
得難い人生勉強の機会になると思います。
ジャニーズの少年たちも野茂投手も、きっと、森光子から多くのことを
学んでいるはずです。
     

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