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Vol.04 「求められる介護士」像を芥川賞作品に見る
モブ・ノリオ氏の「介護入門」、読みましたか? 
メルマガ読者の皆さんには、間違いなく、必読の小説です。

なぜ必読かというと、この物語には、本気で介護する家族が
介護サービスに何を求めているかが切実に記されているからです。

今日はその内容をかいつまんで見てみましょう。

29歳、ミュージシャン志望だが無職の大麻常習者の「俺」が、
母親と2人で痴呆のおばあちゃんを自宅で介護する日常を綴った物語です。

「俺」の介護は、本気です。彼は夜、おばあちゃんの部屋で寝ます。
深夜3回起きて、「祖母の股を熱いタオル地で拭い更の襁褓(むつき・おむつのこと)
に仕替え」るためです。

だから昼になっても朦朧としているのですが、そんな彼に向かって
時折訪ねてくる親戚が、「アンタ毎日お昼頃まで寝てんのんか」と言ったりする。

この物語が描くのは、介護は戦いだという現実です。
彼が怒りの矛先を向けるのは、痴呆のおばあちゃんではありません。
形式的な同情を寄せては自分に酔う親戚と、介護士たちの
心ないふるまいなのです。

以下に彼の摘発する、介護士の心ないふるまいの例を挙げましょう。

(1)よけいな事を口にする
<流し台でトマトの空き缶を濯ぐ俺にジャージ姿の中年女が今日も
話しかけてきた。「自炊出来はるなんて将来の奥さんは幸せですねぇ。
結婚とかなさらないんですか」>

「またも性的嫌がらせか」と嫌悪を噛みしめ、<「僕ね、ほんま、
物っ凄いホモなんですわ」と咬ましてやった方がよかったか?>
と苛立ちながらも、彼は道化に徹します。

<「一人でできるんやったら、なんぼでも結婚しますねんけどね」>

そして嘆息するのです。

<理想の介護ヘルパーにはいつ巡り会えるのだろう。俺がおばあちゃんの
ことだけで精一杯なのだと気づいてくれる他人はなかなかいない>

人生を賭して介護に向かい合う家族に向かって、土足でプライバシーに
踏み込む行為は禁物だと諭してくれる描写です。

(2)「おばあちゃんのため」と称してさぼる
仕事ですから手抜き厳禁は当たり前ですが、「おばあちゃんのため」と
称する手抜きに、「俺」は強い怒りを覚えます。

<昼下がりなど、祖母の様子を見に下りていく、すると、おばあちゃんに
テレビを見てもらっていますと称して、手の空いた介護士が介護ベッドを
背にし低俗なワイドショーに見入っていたりする>

介護士をしかりつけたい衝動に駆られるものの、呑み込みます。

<「すいませんが、その頭のおかしくなる番組、つまり頭のおかしいことに
気付いていない人たちが喜んで観たがる番組を消してもらえますか?」と
口に出すわけにもいかねえだろ?>

気を遣うのは、彼が村社会の空気に配慮しているからです。

<あそこのおばあさんは楽だけど孫がどうしようもない気狂いでってことになり、
ヘルパー連中はウチを避けて誰も寄りつかなくなる>

そうなったら困るのは自分たち、自宅介護を担う側だからです。

彼はただ、「おばあちゃんの好きな相撲やってるで」と言って、
チャンネルを変えるのです。

(3)がさつな手の動き
ただ時流にのってヘルパーの資格を取った人々による雑な仕事ぶりが、
自分のおばあちゃんにあてがわれる現実にも、「俺」は激しく怒ります。

たとえば、伸ばした爪でおばあちゃんの顔に触ろうとしたり、
ご飯の食べさせ方のヘタな介護士。
あるいは家の皿が次々と欠けたり、古物商から買った百年前の大切な椀や
急須が壊されたり。

<監視も手薄く滅多に口を開かぬ寝たきりの祖母を相手とあっては、
勝手口のノブに手を触れた瞬間から俺のウチは「ラッキー」で
「おいしい」職場かもな>

これは「手」の問題なのだと「俺」は考えます。
生身の人に向かって世話をする時、動作の基本になる器官は手です。
他人が家に入り込んできた時、その手にまとわりつくがさつな空気を、
家の人間は敏感に感じ取るというわけです。

もっとも主人公を怒らせるのがプロ意識の足りない介護士であれば、
喜ばせるのも、「数人のプロ意識を有する介護士」です。

たとえばおばあさんの隣で寝るという行為がいかに大きな事かに気づき、
彼らがそれを讃えてくれた時。

<俺は、俺と母は孤独ではなかったのだと救われた気分になるのだ>


彼の告発を箇条書きにしながら、気づきました。
どの行為も、決して、あからさまに酷いものではありません。
むしろ些細なことと言える範疇かもしれません。

29歳の青年に「結婚しないの」と聞いたり、目の前にあるテレビで
ついワイドショーをつけてしまったり、手の爪を切っていないという行為。
ただ彼は本気で介護に向かい合っているので、介護のプロと称する
「本気でない人たち」を見る目が厳しくなるのです。

癖のある文体は、芥川賞選考委員会でも賛否両論がはっきり二分しました。
が、好きであれ嫌いであれ、福祉の仕事を志す人なら一度は読むべき作品だと
私は思います。
     

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