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Vol.03 元アイドルから学んだこと
今日は私が10年前に取材で知り合った、元アイドルタレント嬢のことを書きます。

今、彼女は29歳。「元」といっても、今もファン向けのイベント出演などの
仕事は続けています。

もっとも彼女は、CDデビューしてゴールデンタイムのバラエティ番組に出て、
といった松浦亜弥やカゴちゃんツジちゃん級のスーパーアイドルではありません。
ファン向けの写真撮影会や深夜番組への出演を主な舞台とする、
ちょっと庶民的なアイドルでした。

彼女はよく、自嘲気味に「私は、くされタレントだから」と言っていました。
けれども彼女の名前をインターネットで検索すると、大変なヒット数です。
「僕だけの○○ちゃん」と彼女を愛する熱烈なファンはしっかりと存在します。
撮影会で撮った彼女の秘蔵ショットを、ホームページに誇らしげに載せる男達が
相当数いるのです。

彼女のキャリアについてはここまでにしましょう。
10年前、私はスーパーの掲示板に張り紙を出しました。
内容は取材協力者を募集したいというもの。
連絡をくれた唯一の人、それが彼女でした。

張り紙には、摂食障害の若い女性を探している、と書きました。
彼女は当時、専業でタレント活動を始めたところでした。
しかしご両親との関係に問題を抱えていた彼女は、
新人タレントには必須のダイエットを引き金に、拒食症から過食症へと、
摂食障害を患ってしまいます。

誰かに話して、自分を見つめ直したい。
そう考えて連絡をしたのだと彼女は言いました。

インタビューを何度か続けたある日のこと。
彼女が電話をかけてきました。

「しばらく泊めてもらえませんか」

力無い、沈みきった声でした。
寝ても起きても食べ吐きばかりを繰り返してしまい、自分がイヤになった。
もう死にたいと思って大量にクスリを飲んでしまった。
その直前に電話連絡をしていた友達が、駆けつけてくれて、
大事には至らなかったけれども、このまま実家にいたらまた同じ事を
繰り返してしまいそう。しばらく家を離れたい。だから泊めて欲しい。

私は何と答えたでしょうか。やんわりと、断ったのです。
死にたいと混乱している人を前にして。

私だって会社生活で疲れ切っているんだ。
一人暮らしの身で自殺未遂直後の人間を受け入れるゆとりなんかない。

また何よりも、彼女とは取材目的で関わったのだから
あくまで取材という自分の仕事の区切りの中で付き合うべきである。
その枠を越えて私生活にまで踏み込まれたくない。
これが当時の正直な実感でした。

冷たい私の反応に対して彼女は、そうですか、と静かに言って受話器を置きました。
そして数日後、「今、タレント仲間の友達の所に泊めてもらっています」と
連絡がありました。胸をなで下ろしました。一件落着、のはずでした。

ところが私の中では、ずっと尾を引いたのです。
あの時なぜ彼女に「ウチにおいで」と言えなかったのか、と。

自分の生活は、もちろん大切です。取材対象者とは距離を置け、とは
勤めていた新聞社で口を酸っぱくして先輩方に言われていたことです。
いくらでも自分を正当化する口実は、見付けられました。
けれども引っかかりは消えませんでした。

まず、取材云々は抜きにして、人としてそれでいいのか。
もう一つは、自分は彼女から逃げたと同時に
そのテーマからも逃げたんじゃないか。
どんなに否定しようとしても、最終的に、あの判断は間違っていたと
認めざるを得ませんでした。

もっとも本当にそのことに気付いたのは、別の人をウチに泊めざるを得ない
状況に遭遇した時だったのです。

地方の街ネタ取材で知り合ったその地方在住の女性から、
ある時、頼まれ事をしました。
娘が摂食障害になってそれを治そうと関東の新興宗教に入ってしまった。
いま脱会しようとしているけれど教団とのトラブルがあってすぐに実家に戻れない。
しばらく面倒を見て欲しい、と。

娘がウチにやって来た時の様子は忘れられません。
教祖は間違ってない、とすごい剣幕で私に突っかかってきました。
夜中には聞いたこともない激しさの歯ぎしりが聞こえてきました。
横にいた私は、何度も目が覚めて寝付けません。
なんだか途方に暮れました。

けれども緊張がほぐれてくると、彼女は優しい表情を取り戻してきました。
同時に私にも、久しぶりに味わう「他人のいる暮らし」を楽しむ余裕が生まれました。

彼女から聞く宗教の内部の話は、極限状況に陥った人間の醜さに溢れていて、
心底ぞっとしました。けれども人間の行いを知るという意味で、
やはり興味深いものでした。

彼女は3週間、ウチにいました。
1人の人間の人生の重大局面において寝食を共にする。
こんなかけがえのない経験をさせてもらったのだから感謝すべきは
私の方じゃないか。
振り返ってこう気付きました。

他人に対して無限の善意を持ち続けることなど、誰にだってできないでしょう。
ただ「情けは人のためならず」という諺は、あながちウソではないようで、
そのことを知る契機となったのは、何といっても元アイドル嬢との
苦い一件にあったのでした。
     

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